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連理之枝-れんりのえだ- <3>
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「……はぁ……」
覚流は冷蔵庫にあったビールの缶を手にベランダにいた。
シルバーに黒い文字で印字されている辛口のビールだ。
帰って来てから何もする気が起きなくて、夜風に当たっている。
心地よかった風が若干冷たくなる九時を過ぎても、榊は帰ってこなかった。
(……あの子、敏樹をどうするつもりだろう……)
いつもは榊がいないときには飲むことがないビールを一口飲んで、昼間あったことを思い出す。
西野が乱入してくるまでは、いつもどおり本当に幸せだった。
彼が乱入して来てからはずっと彼に振り回されて、自分がなぜか身を引くという構図になっていたわけだが、その時のことを思い出しても腹が立つ、という気持ちはなかった。
自分と言う伴侶がいるにも関わらず手を出してきた、ということへの怒りを通り越して、それについて何も言えなかった自分に対する情けなさと、少しでも彼と榊を一緒にいさせてしまったことが悲しいという気持ちだけが彼の胸の中に渦巻く。
若干の混乱が見られる今の状況では、考えなどまとまるわけもなかったのだが。
(このビール、こんな苦かったっけ……)
飲み切れない時は「間接キスしちゃる!」などとふざけながらも楽しそうに飲んでくれる榊がいつでも隣にいてくれた。
しかし、その榊は今はそばにいない。
そんな時の慣れないビールの苦味は榊を思い出させて、覚流の心をさらに切なくさせた。
「……はぁ……」
ジムで彼が榊を心から慕っているのだろうというのはその様子からよくわかった。
スパーリングも妙に張り切っていたし、ランニングや他のトレーニングにもついてきていた。
全てが終わった後も、シャワーから出た覚流に見せつけるように必要以上にベタベタ榊に触ったり、すれ違いざまに挑発的な顔で笑われたことが気にかかっている。
気にしなければいいのだが、気になることは神経質なまでに気にしすぎる性格の覚流が気にしないわけが無い。
さらにこういう時は考えたくもないのに嫌な方向に頭が回って、覚流を追い詰めるのだ。
榊は彼のところへ行ってしまうのだろうか。
もう自分のところには戻ってこないのだろうか。
……二度と、榊に抱きしめてもらえないのだろうか……。
ついそんなことを考えてしまう。
榊を信じられないわけではない。
むしろ、その逆だ。
そして更にこういう時の榊は、覚流に心配をかけないようにしようとする行動に出る。
今回も例に漏れず、である。
しかし、それがいつも通りであるはずなのに、今日に限って頭と心が落ち着かない。
「…………………………はぁ……」
いろいろなことを考え過ぎて切なくなった覚流が、先ほどよりも盛大な本日三つ目のため息をついたその瞬間。
「あー、あったけー。やっぱしいつでもあったけえや」
後ろから伸びてきた二本の棒のようなものに拘束された。
それが降ってきた声がきっかけで瞬間的に自分を抱きしめる慣れた優しい腕だとすぐにわかったが、その時点で覚流は逃げるどころか、意思に反し硬直した身体を動かすことすら出来なくなっていた。
「どーしたよ、ンなでかい溜息なんぞついて」
嗅ぎなれた柑橘系のフレグランスを感じた時には、すでにそのテリトリーの中。
武骨だが自分をとことんまで愛してくれる手といつも自分だけを包み込んでくれる優しくて長い腕の中にいた。
そして、聞きなれた大好きな低い声が覚流の鼓膜を刺激する。
待ちわびていた彼、榊が帰ってきたのだ。
「……お、おか……えり、なさい」
声を聞いた瞬間、胸がきゅっと強く締め付けられるような感覚を覚える。
それを感じた途端、急に目頭が熱くなった。鼻もツンとする。
「ん。ただいま。遅くなって悪かったな。あいつしつこくてなかなか帰らなくてよ」
抱きしめたまま覚流の感覚を楽しむようにいる榊に、覚流はさらに身体を硬くする。
「飯食ったか?」
「……た、食べました」
食欲などあるわけもなかった。
だか、いくら食欲はないとはいえ何も食べないよりはいいと食事は軽いものを用意した。
だが、その一口でさえが喉をなかなか通らなかった。
ついには食べることをやめ、今はラップを掛けて冷蔵庫の中にある。
しかし、それはあえて言わない。榊に余計な心配をさせてしまうだけだと思ったからだ。
「……俺は大丈夫です。お風呂、入れますからゆっくりしてきて下さい」
顔を見ないまま「お風呂出たらマッサージしましょうね」と疲れた声で伝えるが、その声は少し涙声になってしまった。
(あ、……まずい……)
震えた声に気が付きながらなんとか作ることができた笑顔で連絡事項を告げて、彼の腕から逃れようとした覚流。
だが、それを許さなかったのは榊だった。
「待て待て、そう逃げてくれるな」
食事などできる状態ではないことはとうの昔に見抜いていた榊は、今度は向かい合う様にして覚流をすっぽりと腕の中に入れてしまう。
「はな、し……!」
声すら上げられなくなった覚流に構うことなく、あやすようにゆっくり身体に触れた。
「離さねえよ」
たまにしか聞けない声で一言囁かれるだけで、覚流の身動きは一発で止まる。
「離せるわけねえだろ。……お前が俺を榊さん呼ばわりしたり敬語になって目を逸らす時は俺関連の心配事がある時だ。だいたいそういう時は飯食えねえだろうが。お前のことだからそのくれぇのことは俺でもわかるっちゅーの。……まあまずは、話を聞け」
な? と笑いかける榊の顔を見上げることができない。
全て見破られて、図星をさされて。
覚流は反論はおろか、榊に心の中を見透かされたかのように反応すら返せなかった。
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