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前編3
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□□□
「……セールストークならぬ、セールススマイルだよな……」
翌日。
教室の自分の席でメール画面を睨みながら、ため息をつく。
『昨日は、』まで打ったところで、カーソルが、ぴっこぴこ点滅している。
お言葉に甘えてメールを送ろうとしたけど、いや、さすがに真に受けすぎるのもどうかと思って。
今までだって、メールのやりとりはあった。
でもそれは、あくまでカットモデルとか予約の連絡だったわけで。一応、仕事の邪魔しちゃ悪いし、遠慮する、っていうか――。
「あ。色戻したな」
友達が俺の髪を見て言って、俺は、慌てて携帯を閉じた。
「中野さあ、いつも誰に切ってもらってんの」
「俺も思ってた。いつも雰囲気変わるけど、どれもよく似合ってるよな」
褒められて悪い気はしない。笠井さんの腕がいいんだ、って誇らしくなる。
「へえ~……あれ? なんだこれ」
「おーいー、キスマークかよ」
「えっ」
後ろ髪をいじってた友達に言われて、驚いた。どこどこって慌てたら、首の後ろを押される。
「な、なんだよ、どうなってんの、そこ!?」
「歯型っぽい」
「不純異性交友~」
「ち、ちがっ」
はっとした。思い当たることがある。
俺は、半年前からネットカフェでバイトしてる。
先週の木曜、バイトの先輩に後ろから抱きつかれて、その辺りを噛まれた。
……ちなみに、先輩は男だ。
痕になってるなんて……気が付かなかった。
その先輩は、冗談って言いながらどついたり抱きついてきたりする。
体も大きくて、唇にピアスとかしてる、やんちゃな感じ。
俺も、冗談やめてくださいよって感じに逃げるんだけど、時々先輩の目がマジの時がある。
2人きりにならないようになるべく客の多い時間帯にシフトを入れてるんだけど……さすがに危険を感じるというか。
バイトの帰りに待ちぶせされてたときは、さすがに怖かった。
「色気づいてんなよなー」
「だから違うって、これは――」
言いかけて、ひやっとした。
……あの時。シャンプーの時、笠井さんが一瞬見せた表情。
ざあっと音を立てて血の気が引く。
「あれ? 顔青いぞ」
「な、んでもない」
いや、なんでもなくない。
メールしようかな。バイト先でふざけてつけられただけです、って?
言いわけするのも変、か。
『首のキスマーク見ました?』とかメールされてみろ、どん引きされる。
冷静になれ。
……なんだ俺、何こんなに必死になってんだよ。
(そうだよ、俺は、ただの客だし――)
そう思ったら寂しさが這い迫ってきて、どんよりした気持ちになる。
急に、ブブブッ、と携帯が震えた。画面を開いて、一瞬目をみはる。
携帯を落としそうになった。
「え? は?」
慌てて画面に目を走らせる。
ーーーーーーーーーーーーー
from 笠井勇次
subject 昨日はおつかれさま
髪の色はどう?先生に怒られなかった?
この間のカットモデルのお礼渡すの忘れちゃった、ごめんね。
帰りにひろ君の家に寄ろうかと思うんだけど、今夜、いる?
------END------
ーーーーーーーーーーーーー
「う、うち!?」
寄るって……うち知ってんの?
いや、そっか、初めて行った時に住所書いた気がする。
でも、確か笠井さんの自宅って『エス』に近いんじゃなかったっけ。
俺の家なんて、寄るって距離じゃない。わざわざ来てくれようとしてるんだ。
ドキドキしてきて、返信ボタンを押す。うわ、指が震える。なんだこれ。
「なんだよ中野、百面相か?」
そんなからかいも右から左へ抜けてしまって、パニック状態だ。
文字キーを押そうとした時だった。すっ、と手の中の携帯が消える。
「え」
「なーかーのー」
……顔を上げたら、恐ろしい顔の先生が立っていた。
「姉貴、頼む!」
廊下にある公衆電話。
今は昼休みだ。電話する俺の横を生徒が話しながら通り過ぎていく。
自宅にかけたら姉貴が出た。大学が休講で家にいてくれたのは、めちゃラッキーだった。
「姉貴、今日、確か予約入れてたよな。笠井さんに、今日バイトの帰りに店に寄りますって、言っておいて!」
『は? あんた携帯はぁ?』
「取り上げられたんだよ、絶対忘れないで言っといて!」
一瞬、沈黙が通り抜けた。
『あんたさ、昨日もお店行ってたっしょ』
「え……あ、うん」
急に訝しげな声になった姉貴に、ひるむ。
『行き過ぎじゃん?』
「……え?」
意外なことを言われて、思考が停止した。
『エス、人気サロンなわけ。メガ忙しいわけ。金持ってない高校生がしょっちゅう出入りしてたら迷惑っしょ』
……確かにそうかもしれない。
カットモデルのために営業時間外に行くことがあるから、感覚が麻痺してたのかもしれない。
『笠井さん目当てで行ってる客も多いのに。あんたみたいなガキンチョがはりついてたら営業妨害もいいところよ』
「う」
そもそもは、姉貴が俺に偵察に行かせたくせに――そう言い返そうと思ったけど、喉の奥で出かかって消えた。
『笠井さん優しーけどさあ、仕事なんだよ。そこんとこよく考えたら』
これだからガキは、という姉貴のぼやきを遠くに聞いていたら、休み時間終了の予鈴が鳴って、電話を切った。
とぼとぼ廊下を歩きながら、姉貴にお礼もらって帰ってきてもらえばよかったんじゃないかってことに気づく。
でも、かけ直す気力も時間も、今の俺にはなかった。
「……仕事、か――」
そのまま言葉にしてみて。また、胸が苦しくなった。
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