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前編5
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□□□
……さっきから、ため息ばっかりだ。
急に夢から醒めたような。それも、無理矢理叩き起こされて、気分が悪いカンジ。
ずっと、浮かれてた気がする。
俺、笠井さんのことをなんだと思ってたんだろう。
人気者を独占しているような、優越感に浸ってたんじゃないだろうか。
ああやって営業時間外に行くと、美容師さん達にもプライベートがあるんだってことが身に沁みてわかる。
それは、笠井さんも例外じゃない。
……笠井さんの私生活を知るのが、怖い。
最後に『エス』に行った日から、2ヶ月が経とうとしている。
今まで通り、俺は、高校に通って、バイトに行って、友達と遊びに行って。
ただひとつ違うのは、あんなに通っていた『エス』にしばらく行ってないということ。
衝撃的な話を聞いた次の日『取りに来させてごめんね』って笠井さんからのメールが入ったけど、返事ができないままだった。
このまま全部忘れてしまえたら、って気持ちになってる。
でも、毎日のようにメールを開いて、ため息をしているのも事実で。
……返信してないくせに、笠井さんが何か連絡をくれるんじゃないかって、ワガママな気持ちになってるんだ。
自分が、嫌になる。
「……兄貴に彼女ができたら、こんな気持ちかな」
「は?」
俺の独り言に、前の席のクラスメートが振り返って眉を寄せたので、訊いてみた。
「田代、兄ちゃんいたよな?」
「おお」
「兄ちゃんに彼女できたら、どう?」
「別に。美人かどうかは、興味あるけど」
「それ、だけ?」
「他に何があるんだよ」
今の俺の気持ちとは違う。
田代に、笠井さんの話をしてみた。
「ふーん……」
田代が、少し考えてから鼻を慣らして続けた。
「憧れの人が、結局生身の人間だったって知ってショック受けたわけか」
「へ?」
「好きなアイドルが、週刊誌に彼氏との写真撮られてんの見ると、複雑な心境になるじゃん?あんな感じじゃねえの」
……どう、だろ。
「中野は、その笠井さんに憧れてんじゃねえの」
「うーん……たぶん」
「俺だったら、男相手にそこまで手放しで褒めたりできねえし」
「そう?」
「イケメンでモテまくりっつったら嫉妬するんじゃねえの普通。ケッとか思っちゃうけど。俺なら」
そっか。そういう考え方もあるのか。
でも、笠井さん別にモテるからってヘラヘラしないし……第一、俺と笠井さんじゃ、比べ物にならない。
「そーいうところが、おまえ……まあ、性格かもしんねえな。純粋っていうか、謙虚っていうか」
物珍しそうに見つめられる。
言われたことは、もっともだ。
でも、ここまで笠井さんが気になる理由がわからない。
……なんか、あんまり気づきたくないことに気づいてしまいそうで、不安になる。
頭を抱えていたら、携帯のバイブが鳴って、ドキリとする。
いそいそ受信BOXを開けると、目に入ってきた名前にまた心臓を掴まれた。
from 笠井勇次
subject 無題
最近、お店来ないね。受験忙しい?
ひろくんに話したいことがあるんだけど、時間空いてる日があったら教えて。
----END----
……心臓が走り出す。
期待してたのはホントだけど、いざメールをもらうと。
話って……カットモデルのことかな。
それとも、スタッフさんから聞いた噂話のことだろうか。内緒にしてくれって、釘を刺すつもりかもしれないし。
頭の中を思考が駆け巡る。
そして、もうひとつ。閃いた、絶対にありえない可能性。
……告白?
どくん、と心臓が跳ねた。急に体温が上がるのを感じて、慌てて携帯を閉じる。
まさか、そんなのあるわけねえし。
笠井さんは、俺のことを弟みたいに可愛がってくれてる。弟みたいに、だ。
超美人のモデルの彼女がいるのに、あるわけない。
「……」
胸が、苦しくなった。
自分が、よくわからない。
考えはどんどん走って、あの綺麗な唇が、好きだよ、と動くことばかり考えてしまう。
お腹の奥が、きゅっと痺れるような、切なくてたまらない、そんな感じで。
嫌だ、認めたくない。でも。
……もうほんとはわかってる。
俺が、笠井さんのことをどう思ってるか。
でも、言葉にしたら辛くなる気がする。
……なんて返信したらいいのか、わからない。
今まで、笠井さんとどうやって話していたか、どうやってメールしていたか、思い出せない。
携帯を握る指先が、震えてしょうがなかった。
言葉にして吐き出さないと、体が粉々になってしまいそうだ。
「俺……」
「ん?」
たまらず息を吐いて、田代にもう一度声をかける。
「好きな人、できたかも」
「……見てればわかるけど」
予想外の言葉が返ってきて、目を見開いた。
「え……?」
「携帯見てにやけたり落ち込んだりしてんの。わかりやすい」
頬杖をついて、そういうとこかわいいけど、と言われる。
「相手、もしかして男なんじゃねーの」
「な、なんで」
「んー……恋する男ってより、恋する乙女って感じだから」
一瞬、寒気立ったけど、事実かもしれない。
またひとつ、自己嫌悪の種が増えてしまった。
学校から帰って着替えて、ベッドの上でごろごろしながら携帯の画面を見つめる。
『時間空いてる日があったら教えて。』
大きなため息をして、布団に突っ伏す。
今日の昼に受け取ったメール、まだ返せない。
どういうテンションで返したらいいのかわからなくて、打っては何度も書き直すんだけど、送信ボタンが押せないんだ。
あの、ハチミツ色の、柔らかい笑顔が目に浮かぶ。
「……会いたいな……」
口にしてみたら、急に切なくなって、携帯の光る画面がぼやりとにじんだ。
髪を洗ってくれる大きな手とか。
妙に似合ってる、オネエ言葉とか。
――とろけるような、低い声とか。
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