アダルトコンテンツが含まれます。
18歳以上ですか?
- 文字サイズ:
- 行間:
- 背景色:
-
話せない兎羅
-
琉に買われてから、数ヶ月。
誰かが、ボクの部屋に来た。
ピアノの音は、聞こえなかった。
琉とは、違う足音。
そっとそっと歩くその足音は、なにかに怯えているようだった。
近寄った人の手が、ボクの頭に伸びる。
ボクは思わず、首を竦めた。
「どなた、ですか…?」
眉を八の字に下げ、ボクは、首を傾げた。
近寄ってきた彼は、ボクの言葉に、ふっと息を飲んだ。
見知らぬ人の手は、頭に触れると、優しく優しくボクを撫ぜた。
その手の感触に、ボクの身体から、すっと力が抜けていく。
でも、誰かわからなくて、不安な思いは、消えない。
その人は、そっとボクの手を取った。
手の感触から、男の人であろうことが推測できた。
掌を上に向け、開かせる。
『わ、か、る、?』
彼は、ボクの手に文字を書いた。
「わかる?」
ボクは、首を捻る。
彼の手は、正解だというように、ボクの頭を撫ぜた。
『僕の名前は、兎羅……とら』
彼は、ゆっくりとボクの手に名を刻んだ。
「兎羅…さま…?」
兎羅の手が、ボクの頭を撫ぜる。
『リピートするの…、大変だね』
ふふっと小さな笑い声のような息が、兎羅の口から零れた。
『わかったら、手を握ってくれればいいよ』
ボクは、兎羅の指ごと、手を握った。
兎羅は、握ったボクの手を、そっと開く。
『話せないんだ…』
ボクの手の上の兎羅の指が、微かに震えた。
『君は見えないけど、僕は話せない』
ボクは、文字の書かれる手を軽く握り、空いている手で、自分の目元を覆う包帯に触れた。
『感覚の鋭い君となら、こうやって話せるかなと思って…。手話も苦手、なんだ』
手に書き込む度に、兎羅の指の速度は上がっていった。
兎羅は、声を発していないのに、普通に会話しているようだった。
目が見えない僕と、声が出せない兎羅。
そこには、何の障害もないかのようだった。
兎羅は、時折、ボクの部屋を訪れた。
『兄さん…琉には秘密にしてね。優しくするなって、言われてる。優しくして、取られるのが怖いんだ』
笑う息遣いが、兎羅の口から漏れていた。
現在の設定
文字サイズ
行間
背景色
×
65 / 104