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痴人の愛
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「衆道なんてよくある事だろう、それを今更どうのこうの言おうってのは馬鹿げてるとは思わないかい?」
私の友人はただにこやかに私に言ってきた。
「それを女学生の前で言ってはいけないよ、失望させてしまう。」
「それがなんだい、乙女というのは失望してから美しくなるのだ。」
そうとは思わないかね、と彼は私に言う。私は静かに本を開いた。彼はふふふと笑って最後の葉巻に火をつけた。
私と彼は大学が一緒の所謂同級生というやつである。私が書生であるから彼との立場は違うのだけれども、でも彼は私に良くしてくれる。金遣いが荒いこと以外は。まあ、彼は宜しい家柄の坊ちゃんらしいからお金には困らないという。貧乏書生の私にはとてつもなく羨ましい。私も金があれば芥川賞をとった先生の本を買いたい。だが、彼にそれを言うと呆れられたのだった。私の中ではそれが有効的な金の使い方だ。
世間が大正デモグラシイだの普通選挙だの騒いでいる間に彼はあろうことか大学の教授様と契を結んでいたのだった。私はあろうことかと書いているが、全く動じていない。恐らくあの光景を見て動じ、怯えてしまうのは彼を慕っている女学生だろう。名前は加世子さんというらしい。
加世子さんは私が思っているよりも洋風な人で彼の隣を歩くときは何時もモガの格好をしていた。テニスやらなんやらと二人でスポーツをしている。その時の加世子さんの笑顔はこの上なく美しい。
だが、あるとき私は知ってしまった。加世子さんも彼の恋人である教授様と契を結んでいたのだった。縺れに縺れた関係である。教授様は加世子さんを一人前のレデイにしたいようだ。そして恋を知った彼女を手に入れたい、というのだ。かの有名な谷崎先生の『痴人の愛』という小説にそっくりではないか。私は不謹慎にもその縺れた関係に興味を持った。
それからというもの、彼と教授様は彼女に隠れてこそこそと秘密の逢瀬を繰り返していた。その内容については私は全く知らない。なんとなく彼は見られるのは嫌だろうと思い、何もしていなかった。彼は私の行動に敏感だから、すぐに問い詰めてきた。でもそれは私が彼を避けているのではないのか嫌いになってしまったのかなどという、友情に罅が入っていないかという確認であった。違うとわかると彼は安心したように笑った。笑った顔から疲れが見えていた。
私はただ疲れているのだなと、他には何も思わなかった。
「もし、僕が君を愛していると言ったらどうする。」
私は驚いてしまった。
「何を言ってるんだい、君にはあの教授様が居るだろうに。」
「ああ、そうだとも、居るとも。」
私には意味がわからなかった。
「だから何度でもお前の元に帰ってきたくなる。」
その言葉は私の胸を熱くするには簡単な言葉だった。
「僕は教授様が一番だけれども、愛しているよ。」
とどのつまり私も彼に心底惚れていたのである。
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