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小学生の頃からずっと野球漬けだったオレの、初恋の相手が七瀬だった。
高校で巡り合った、運命のエース。オレは捕手、七瀬は投手としてバッテリーを組み、ずっと一緒に理想の野球を追い掛けた。
そのひたむきさや熱意、向上心を間近で見るたびどんどん惹かれて、リスペクトがいつの間にか恋に変わってた。
それに気付いたのは、大学受験を控えた高3の秋。進路が別れると知って、すげー喪失感に襲われてからのことだった。
ダメ元で告白すると、意外にもアッサリOKを貰えた。
「オレも、キミが好きだ」
顔を真っ赤にして笑う七瀬は、すげー可愛かった。
4年近くっていう交際期間は、一般的には長い方だろう。
周りには1ヶ月とかそんくらいで別れたりってヤツも多かったし。ずっと同じヤツと付き合ってるって言うと、むしろ驚かれるくらいだった。
一緒に住んでりゃ、もしかするとまだ続いてた可能性もある。
好きだったし、不満はなかったし、一緒にいて負担に感じることもなかった。カラダの相性も良かった。
でもその内、わざわざ会うのが面倒になって――デートの誘いを断ることが増えた。
大学3年で野球部を引退して、すっかり出不精っつーか、無気力になっちまったってのもあったんだろう。あの頃は「眠ぃ」「だりぃ」が口癖になってた。
一方の七瀬は、同じく野球部を引退して、ぽっかり空いた時間を持て余してたんじゃねーかと思う。「会いたい」「顔見たい」が口癖だった。
そんで、ある時言っちまったんだ。「ウゼェ」って。
『ごめん、ウザくて……』
七瀬は電話口でぼろぼろ泣いて、そんでオレらの仲も終わった。
七瀬の不安に、気付いてやれなかったオレが多分悪いんだろう。
もし大学でもオレが側についててやれば、プロはムリでも社会人野球とか、そっちの方向に進む道に引っ張ってやれたかも知んねぇ。
相棒でも「他校の捕手」でもなくなったオレには、恋人としての価値しかなくて。それも失くした今、ストレスとアルコールでぶくぶく肥えた、ただの見苦しいリーマンでしかなかった。
あの頃と何も変わんねぇ、生き生きと体を動かす七瀬の姿をじっと見る。
キレイで、格好良くて、ちょっと遠い。
鏡越しに一瞬目が合ったような気がしたけど……。
「じゃあ、次行きましょうか」
声のトーンを落としたスタッフに囁かれ、素直にそのスタジオを後にした。
「さっきのは毎週金曜なんですか?」
廊下を歩きながらさり気に訊くと、渡された資料ん中にタイムカレンダーがあるって言われた。
「ジムなしで、エクササイズのみのコースもありますよ」
スタッフにハキハキニコニコ言われたけど、まさか七瀬の教えるコースに堂々と潜り込む訳にもいかねぇ。
ただ、見て見ぬフリもできそうになかった。
ずっと胸の奥に沈殿させてた気持ちや記憶が、ゆっくり掻き回されて浮き上がる。
ウゼェなんて言うんじゃなかった。
もっかい、あの可愛い笑顔が見たかった。
一通り館内の案内が終わった後は、ジム機器をあれこれ体験した。
ランニングマシン、エアロバイク、ステップマシン、クロストレーナーの順番で、10分ずつ。
たかが10分だけど、なまった体には意外にキツい。
そういや昔、足をねん挫した時、心肺機能は落ちやすいとか言われたっけ。
「総合的に平均以上ですよ、さすがですね」
あの暑苦しいスタッフにはハキハキと誉められたけど、あまりにハキハキ過ぎて、お世辞にしか聞こえなかった。
色々試したけど、やっぱランニングマシンが一番自分に合ってそうに思う。
イヤホンで音楽聴きながら走ってるおっさんらも、妙に格好よく見えるし。頭空っぽにしてぇ時には、ちょうどいいような気もした。
借りたタオルで汗を拭き、スタッフからトレーニングメニュー案の説明を受けてた時だ。
「七瀬くーん、こっちこっちーぃっ」
語尾にハートマークつきそうな勢いで、ウェストプレスマシンに座ってた女が、大声を上げて手を振った。
間もなく「はい」と返事しながら、黄緑と白の上下を着た七瀬が、その女の方に向かう。1対1でのマシンの指導、さっき自分も同じことされたのに、なんかすげービックリした。
エクササイズだけじゃねーんだって、考えてみりゃ当たり前なのに、それにもビックリした。
「七瀬さん、私も後で」
クロストレーナーを隅の方でやってた別の女にも声をかけられ、七瀬が「はい」と爽やかにうなずく。
どうやら、そこそこ人気あるらしい。
呆然と見てると、横にいたスタッフがニコニコと説明してくれた。
人気のあるインストラクターは、取り合いになる、って。追加料金で専属指名することもできるけど、それも早い者勝ちだ、って。
「特にご指名が無い場合、呼んで頂ければ、手の空いてるインストラクターがお相手します」
「は、あ……」
うわの空で説明を聞きながら、ぐるりと広いジム内を見回す。同じ服装のスタッフは、コイツや七瀬をいれて5人いたけど、男より女の方が多そうだ。
「インストラクターって、モテるんスね」
からかい半分で冗談めかして言うと、目の前の暑苦しいスタッフは、「いやぁ」と曖昧に答えて頭をかいた。
YesともNoとも言いにくいのか。ってことは、モテんのか?
「へーえ」
ちくっと胸が痛むのを隠して、生温く笑ってやると、また彼が「いやぁ」と笑った。
「そんないいモノじゃないですよー。大体、お客さんとの恋愛は禁止ですから。と言っても、お客さんの方から連絡先渡されたりは、やっぱ、あるみたいですけどね」
オレはそれにも「へーえ」と答えて、フロアの向こう、七瀬の背中をちらっと見た。
安心していいのか、ガッカリするべきなんか、自分でもよく分かんなかった。
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