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七瀬がどうもオレを無視してるようだと気付いたのは、その次の金曜のことだった。
ニアミスは何回かあったけど、オレに気付いてねーのか、それとも気付いてるけど無視してんのか、イマイチ確信が持てなかった。
何しろ視線も合わねーし、オレを避けるみてーなあからさまな反応もなかったしな。
確信が持てたのは、入会2回目の金曜日。ランニングマシンの後、クロストレーナーって機器の使い方を、質問しようとした時だ。
「すんませーん」
手ぇ挙げてフロアを見回すと、4人いるインストラクターの内3人が、他の客の相手をしてて手が離せねぇ状態だった。
残り1人が七瀬で、けどオレの声が聞こえねぇみてーに、こっちに背中向けて作業してる。ベンチプレス機器を乾いた布で拭くのなんて、後でいいだろ、っつの。
「すんませーん、使い方教えて欲しいんスけどー」
もうちょっと声を大きくして呼んだけど、七瀬はぴくっとも動かねぇ。いっそ、「七瀬くーん」ってわざとらしく呼んでやろうかと思った。
それをしなかったのは、代わりに隣にいたお姉さんが、「なあに?」って声かけてくれたからだ。
お姉さんっつーか、お姐さんっつーか、茶髪に派手な顔立ちの女の客。10歳くらいは上かな? さすがに汗だくだし化粧はしてねーけど、マニキュアがスゲェ。
「ああ、すんません、使い方がイマイチ分かんなくて」
ため息をつきつつ答えると、「難しいよねぇ」って姐さんが笑った。
「これはね、最初はちゃんと教えて貰った方がいいよ。七瀬くーん」
姐さんの呼び声に、後ろから「……はい」と七瀬が返事すんのが聞こえる。
何だ、その不服そうな声? 彼女の声より、オレの声の方がデカかっただろ、っつの。無視してんじゃねーよ。
歯噛みしてぇような気分で、にこにこ爽やかに笑ってると、七瀬がオレと彼女との間に立った。
「七瀬君、こちらのイケメンお兄さんがお困りよ。お兄さん、お名前訊いていい?」
なんで名前? と疑問に思いつつ、笑顔のまま「八木です」と名乗ると、今度は年齢と恋人の有無を訊いてきた。
「八木君、モテるでしょー? カノジョいるの?」
って。声かけてくれたのは助かったけど、詮索は勘弁して欲しい。
「高橋さん、足が止まってますよ」
七瀬がやんわりと、姐さんに注意する。口角を上げて笑ってっけど、それがスゲー嘘くさく感じんのは、多分視線が合わねぇからだ。
高橋さん、と呼ばれた姐さんは「はーい」と馴れ馴れしく返事しながら、オレに視線を向けてにっこり笑った。悪い人じゃなさそうだけど、苦手なタイプだ。
けど、そのお節介には感謝するべきなんだろう。
「仕事仕事で忙しくて、残念ながら5年くらいいませんよ」
誰にともなく、ぼそりと呟く。聞こえなかったのか、高橋姐さんからの返事はねぇ。
七瀬からのリアクションもなかった。
「手の位置は、もうちょっと上。背筋伸ばして。腹筋、意識して」
淡々と指導しながら、背中と腹を軽くペシッと叩かれる。
背中が妙に痛かったのはわざとか? 腹周りヤベェの、バレたんじゃねーか?
あれこれ意識して、じわっと顔が熱くなる。昔、赤面症だったハズの七瀬が逆に平然としてて、なんかスゲー悔しかった。
「七瀬さーん、終わったらこっちーぃ」
別の女の客からの媚びるようなご指名に、七瀬が「はい」と返事して、にこっと笑う。オレにはちらっとも笑わねーのに、何だソレ?
けど、そんな不満を口に出せるような状況じゃねぇ。モヤモヤは呑み込むしかなかった。
「30分くらいは、頑張りましょう」
クロストレーナーのハンドルの片方にぶら下がった、ストップウォッチを操作しながら、七瀬が淡々とオレに言う。
「ああ」っつっていーのか、「はい」と返事するべきなんか、迷って何も言えなかった。
キッパリと向けられた、引き締まった背中。
背筋伸ばして、腹筋意識して。七瀬に指示された通りの姿勢でぎゅっと体を捻らせる。
前回、無料体験の時には10分やっただけだったけど、言われたとおりの30分は、自分でもかなりキツかった。
ストップウォッチを止め、ぜぇはぁしながらタオルで汗を拭いてると、横から「キツイでしょー」と声がかかった。姐さんだ。名前、何つったっけ。
「でも有酸素運動としては、一番効率いいんだってよ」
「……そっスか」
短く答えながら、ちらっと七瀬の姿を探す。七瀬はフロアの隅っこで、別の客ににこやかに応対してた。
オレが誰を見てるか、目線を追って気付いたらしい。
「七瀬君ね、さっきのインストラクターさんだけど、人気あるのよぉ」
姐さんが、まるで自分のことみてーに自慢げに言った。
モヤッとしつつ「へぇ」と答えると、更に色々教えてくれた。色々資格取ってるとか、海外にも留学してたとか。
「近所の高校にもね、週1でトレーナーとして通ってるんだって」
熱心だよねぇ、と言われて、「ですね」とうなずく。だって、それ以外にリアクションのしようがなかった。
海外留学? 高校のトレーナー? 何もかも初耳で、ぞわっとした。
七瀬は情報系のオレとは違って、大学も体育系の学部だった。だから、色々資格取ってんのは分かる。けど、留学って。いつだ?
卒業後、連絡取ろうとして取れなかったことと関係あんのかな?
今まで残業残業の毎日で、それなりに頑張って仕事して来たつもりだけど。七瀬はどうやらオレの斜め上を走ってたみてーで、それをドンと見せられて、正直戸惑う。
ちゃんと話がしてぇなと思った。
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