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しょっちゅう利用してるんだろう。ファミレスに入ってく七瀬の様子に、迷いはなかった。
スタスタと中に入り、ドリンクバーのすぐ横のテーブル席にストンと座る。
4人掛けのテーブル席に、抵抗はねぇみてーだ。
「モーニング、Bセット」
慣れた態度でメニューを見て、少しも迷わず注文してた。
昔は、食うモン選ぶのにスゲー時間かかってたのに。変わったな、と感じると、なんかちょっと寂しかった。
サッと席を立ち、七瀬がドリンクバーに向かう。取って来たのは野菜ジュースだ。「八木君は?」なんて訊いてくれる甘さはなくて、胸の奥が痛くなる。
ただ、相変わらずゆで卵剥くのがヘタクソで、それだけは唯一ホッとした。
ゆっくりするような時間はなかったみてーで、朝メシ食ってる間、会話はなかった。
デカい口開けてむしゃむしゃ食った後、自分の分の小銭をテーブルに置いて、七瀬が音もなく立ち上がる。
今から仕事だ。引き留める訳にもいかねぇ。
一緒に、って思ったけど、開店前に入れる訳ねーし。「後でな」つって、まっすぐな背中を見送るしかできなかった。
煮詰まったホットコーヒーを飲み、ため息をつく。
テーブル席は苦手だ。
向かい側にいた七瀬と視線を合わすこともなくて、またそれを、七瀬が苦にも思ってなさそうで、気分がだんだん下を向く。
けど、ファミレスにカウンター席なんかねぇし。途中で席を代わるなんて真似もできねぇ。
ジムのオープン時間まで、居心地の悪さを黙ってじっと我慢した。
6時を回ってから、会計を済ませて店を出た。
外はもう明るくなってっけど、空気がちょっと冷たくて、朝だな、と思う。
平日でも休日でも、こんな時間に起きることなんかねぇし、メシだって食うこともねぇ。
高校の時は、こんくらいから毎日朝練だったのにな。
大学ん時だって、そこまでじゃなかったけど朝練はあったし、今ぐらいの時間にはもう起きてた。
それ考えると、やっぱ変わったのは七瀬じゃなくてオレの方か? 七瀬はどう思った?
「変わったね」とは言われなかったけど――。
『いつからそんな、下向く癖ついたの?』
昨日七瀬に言われた言葉が、頭の中によみがえった。
3階で受付を済ませてロッカーに向かうと、もうすでに3人くらい先客がいた。
「おはようございます!」
年輩の人に大声で挨拶をされ、戸惑いながら挨拶を返す。やっぱ、金曜の夜とは客層が違う。
運動するテンションも、違うんだなと思った。
広いジムフロアには、人影もまばらだ。スタッフも、受付の女と七瀬の2人だけ。
「おはようございます。朝早いので、念入りにストレッチから……」
七瀬の声が向こうから聞こえて、朝まで一緒だったっつーのにドキッとする。
ハッと顔を向けると、さっきの年輩客に話しかけてたみてーだ。
一瞬だけ目が合って、ちらっと笑われたような気がして、なんか照れた。
こうして離れたとこから七瀬の姿を眺めてると、客との恋愛が禁止だっつーのも分かる気がする。
オレ以外に笑顔向けねーで欲しい。オレだけを特別扱いして欲しい。そんなバカげた要求がむくむくと沸き起こり、独占欲に目が曇る。
溺れれば溺れる程、辛いだろうな。
他の男に笑顔を向ける七瀬から目を逸らして背を向ける。
『姿勢悪い』
ビシッと叩かれたのを思い出して背筋を伸ばすと、ランニングマシンの前の窓から、キレイな朝の空が見えた。
2時間くらい汗を流し、ふとジムフロアを見回すと、七瀬の姿が見えなかった。
代わりに他のスタッフが来てて、交代したのかな、と思う。
また上のスタジオでレッスンでもやってんだろうか? タイムカレンダーを全部は把握してねーから、よく分かんねぇ。
ジムはまだまだガランとしてるけど、さすがにブランクのある状態で、連日のトレーニングはキツイ。
これ以上ここにいても、集中して体を動かすことはできそうになくて、一旦出直そうかと思う。
帰る前に、七瀬に会えるかな?
オレが黙って帰っちまっても、今のアイツなら気にも留めねぇかも知んねーけど、やっぱオレにとっては特別だし。「帰る」って一言伝えてぇ。
そういや新しい連絡先も訊いてなくて、今更ながらにちょっと焦る。
「連絡先教えて」つって、他の女どもみてーに「すみません」って謝られたら、ショックがデカ過ぎて、立ち直れねーんじゃねーかとも思う。
アイツはどうなんだろう? オレの連絡先、もう全部消しちまったんだろうか?
……他の同期の連中は?
ロッカーに寄って、財布ん中に入れてた名刺を取り出し、裏にアドレスと電話番号を書き込む。
思いっ切り個人情報だし、受付のスタッフに「七瀬さんへ」って預ける気にはなれなくて、直接渡すべく階段を昇った。
階段は鬼門だ。
けど、さすがに朝っぱらからトラブルの気配はねぇようで、上にも下にも誰もいねぇ。4階に行くと、ちょうど廊下を歩く七瀬に出くわした。
クリップボードを小脇に抱え、姿勢よく前を向き、颯爽と歩いてる。
「七瀬」
呼び止めると、にこりともしねぇまま目線をくれた。
ほんの数時間前まで抱き合ってたっつーのに、そんな気配なんか微塵もねぇ、澄ました顔を向けられる。
「これ、渡しとく」
さり気なさを装い、裏書きした名刺を差し出すと――。
「えっ? あ……っと」
七瀬は戸惑ったように眉を寄せ、それを受け取るのをちゅうちょした。
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