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ロッカーに預けてた荷物を回収した後、七瀬の肩を借りてエレベーターに乗り込み、ジムのあるビルの地下に行った。
地下はこじんまりとした駐車場で、関係者専用なのか薄暗くて狭い。
「こっちだよ」
案内された先にあったのは、ジムの社用車らしい、ロゴの入ったミニバスだ。
ドライブじゃねーんだし、助手席に座りたかったって訳でもねーけど、あまりのドライさに苦笑が漏れた。
「好きなとこ座って」
って。どこでもいいっつの。
入ってすぐの一番前の席に座ったけど、運転席が妙に遠い。
七瀬との距離が縮んだように思った直後だったから、余計になんか寂しかった。
レントゲンを撮って採血して、簡単な診察を受けた結果、自分でも思ってた通り、背中と肩の打ち身だって言われた。
落ちてすぐに、アイシングの手配してくれたのも良かったらしい。
「適切な処理をされてますね」
医者にそう言われ、なんか自分が誉められたみてーで誇らしかった。
オレに付き添って診察室に入り、医者の言葉を熱心に聞いてメモを取る七瀬は、ちょっぴり頼りなかった学生時代とは別人みてーだ。大人になったよな。
そういうトコにも、5年のブランクを感じる。
「明日はもうちょっと腫れて痛いかも知れません」
医者の予告にゲンナリしたけど、骨折も内臓の損傷もなかったんだし、まだ軽い方だろう。
3日後にまた受診するよう言われ、礼を言って診察を終える。
湿布薬や痛み止めを貰って会計を済ませる頃には、痛みもちょっとマシになってた。
当たり前だけど、トレーニングは当分お預けらしい。
昔、現役時代に捻挫した時みてーな焦りはさすがになかったけど、「1ヶ月くらい」って言われるとヘコむ。
ジムに通えねぇなら、七瀬に会えねぇ。
やる気になりかけてたから、余計だ。せっかく少し近付けたのに、1ヶ月も顔をみねーでいると、また振り出しに戻されそうで怖かった。
会えねぇ間、せめてメールくらいくれねーかな?
渡した名刺を思い出し、祈るような気持ちでミニバスに乗り込む。
「あの、八木君……」
運転席の七瀬から、ためらうように声を掛けられたのは、行きと同じ席にそっと座った後だった。
「このまま、家まで送ろうか? それとも……」
言葉を濁してんのがちょっと不思議で、「なに?」って訊く。
正直、電車に乗ったり駅まで歩いたりってのが辛いから、車で送ってくれるんなら有難ぇ。けど、そう言おうとした時――。
「それとも、一緒にタクシーで帰る?」
目を背けたまま、付け足しみてーに提案されて、一瞬意味が分かんなかった。
一緒に? タクシー? 帰るってどこに?
「は……?」
バカみてーに口開けて、ぽかんと七瀬を見つめると、赤面してんのが離れた位置からも丸分かりだ。
「一緒に……?」
それ、もしかして、うちに来てくれるつもりなんじゃねーのかな?
恐る恐る「うち、来るか?」って訊くと、黙ってこくりとうなずかれた。
こっちをちらっとも見ねぇ、相変わらずの態度。けど、その顔がフロントガラスに映ってて、かすかに微笑んでてドキッとする。
「うちにいる時のケガだし。オレが原因でもあるから……着替えくらいは、面倒見ようかと……」
ごにょごにょと言い訳じみたことを口にしながら、そ知らぬフリでエンジンをかける七瀬。
ツンと前を向いて、けど、フロントガラスに映る顔は、目が泳いでるし口元も緩んでるしで、クールさのカケラもなかった。
ゆっくりとミニバスが動き出す。
ふっと口元が緩む。
シートに背中を預けても、そんなに痛ぇ気がしねーんだから、我ながらゲンキンだと思う。
「仕事は? もういいのか?」
さり気に訊くと、どうやら早退させて貰ったらしい。
「キミは心配しなくていい」
前を向いたまま、こっちをちらっとも振り向かず、淡々と素っ気ない言葉を告げる七瀬。けど、フロントガラス越しに見る口元は緩んでて、胸がじわじわと熱くなった。
うぬぼれるには早ぇけど、悲観したモンでもねぇのかも?
再びジムの地下に戻り、駐車場でミニバスを降りる。
その直前、抱き締めて軽く唇を奪うと、七瀬はボンッと音が立つくらい真っ赤になって、口元を押さえた。
「なっ……ここっ……!」
思いっきり動揺してて、ホント可愛い。心配しなくても、ひと気がねぇのは確認済みだっつの。
「なあ、好きだ」
改めて告白し顔を覗き込むと、赤い顔のままふいっと逸らされる。
「そっ、そんな元気あるんなら、付き添いは中止だっ」
オレの腕ん中から抜け出そうとする七瀬を、笑いながら引き留める。さすがに背中が痛んで息が詰まったけど、自業自得だからか、「大丈夫?」とは訊かれなかった。
「ホントに中止?」
向けられた背中に訊いても、返事はねぇ。
薄暗い駐車場、フロントガラスにはもう、七瀬の顔は映ってねーけど、微笑んでんのは分かってる。
「1人じゃ着替え、できそうにねーんだけど」
弱みを見せるように呟くと、いかにも不本意って顔で、上目遣いに睨まれた。
「八木君は、ズルい」
って。それ、昨日も聞いたよな。
「背中も洗ってくれ」
図々しく頼むと、ツンと顔を逸らされる。
「言っとくけど、今日は泊まらない」
牽制するようなセリフも、赤面したままじゃ可愛いだけだ。
なあ、ホントに泊まらねぇつもり?
今日はどこまで許される?
些細なやり取りが嬉しくて、無意識に頬が緩む。
背中は痛いし、肩は痛いし、明日は会社で苦労しそうだったけど、ため息つく気にはならなかった。
(終)
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