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Ⅱ・4
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七瀬からメールが来たのは、夜中の11時を過ぎてからだった。
――迷ってる――
本文そんだけの短いメール。LINEか何かと勘違いしてんじゃねーかとも思うけど、単に面倒臭がりなだけな気もする。
そんなメールにオレの方こそ迷ったけど、短い文字のやり取りするより、オレは声が聞きたかったし。ホントはうちに来て欲しかったくらいだから、結局電話をかけることにした。
『……はい』
ワンコールで電話に出た七瀬は、ホントに迷ってそうな声をしてた。
「何に迷ってるって?」
仕事? それとも女か?
けど七瀬の答えは、そのどっちでもなかった。
『明日、どうしようか迷ってる』って。意味分かんねぇ。酔ってんのか?
酒飲むなら、一緒に飲みたかった。
はあー、とため息ついてベッドの側面に背中を預ける。
「うち来いよ。会おうぜ」
『会うなら、ジムでも会えるだろ』
可愛くねぇセリフ。さすがに聞き慣れて来たけど、そろそろもうちょっと甘みが欲しい。
チョコとか。
目の前に積んだ義理チョコを見て、さっきのジムでのことを思い出し、また1つため息が漏れる。
気にしてるか、とは訊けなかった。謝んのもおかしい気がして、言葉に詰まる。
「なあ、うち来るのイヤ? じゃねーだろ? イヤなら来ねーよな?」
七瀬からの返事はねぇ。
電話じゃどんな顔してっかも分かんねぇ。ツンと顔を背けつつ、口元緩んでたりとか。突き放したこと言いつつ、こっちをちらっと見たりとか。そういうの、やっぱ電話じゃ気付かねぇ。
『オレ、待つのがイヤだ』
唐突なその言葉も、どんな顔して言ってんのか分かんなかった。
『八木君からの連絡待つの、イヤだったからカナダに行った。電話も、待ちたくなかったから解約した。今だって、誘われるの待つの、イヤなんだ』
「七瀬……」
待つのがイヤ、って。
随分弱気だなと思う反面、「もう待たねぇ」って突き放される寸前にも思えて、返事に困る。
なんで突然、こんなこと言いだしたんだろう?
待つのがイヤになるくらい、オレが待たせたのか? でも七瀬は前から積極的だったよな。いつもいつも「会いたい」「顔見たい」つってて。
光の中に立つ、スッキリと伸びた背中を思い出す。
どんどん先に進んでて、進む道も違ってて、向けられた背中を追い掛けた方がいいんじゃねーかって、たまに焦る。
結局、何を迷ってんのか聞けねーまま電話は切れて、明日の予定も宙ぶらりんだ。
ジムに行けば会える。
すれ違いなんて、起こりようがねぇ。分かってんのになんか不安で、なかなかケータイをテーブルに置く気になんなかった。
気分転換にインスタントコーヒーを入れ、スポーツクラブで貰って来た、薄いプレートのチョコを開ける。
86%のハイカカオチョコは、うわっとくるくらい甘くなくて――けど、ブラックコーヒーよりも苦くなかった。
1月からレッスンスケジュールが変わり、七瀬のシフトも変わったらしい。
ただ、オレだってストーカーじゃねーし。完全にあいつのシフトを把握してはなかった。
スタジオレッスンは固定だけど、ジムフロアに出てくんのはカッチリ固定って訳でもねーらしい。
インストラクターにはバイトやパートもいて、七瀬ら社員はそのシフトの穴埋めをすることもあるんだと。そんなことも、少しずつ七瀬に教えられた。
ジムのあるビルの1階、七瀬の行きつけのファミレスでモーニングを食った後、しばらく食休みしてから3階に向かう。
七瀬の姿はジムフロアになかったけど、別に七瀬だけが目当てじゃねーし。気にせず受付をすませ、ロッカーに向かう。
「おはざーっす」
「うっス」
土曜朝の常連と適当に挨拶を交わしながら、フロアの1番奥に向かうと、窓の向こうに青空が見えた。
ランニングマシン30分、エアロバイク45分を終えて、一休みした後、クロストレーナー。
七瀬がいるならベンチプレスをやりたかったけど、残念ながらいなかった。
別に他のインストラクターを信用してねぇ訳じゃねーけど、やっぱ安心感は比べモンになんねぇ。別に今日、どうしてもって訳でもなかったから、クロストレーナー30分を2本で、一旦休憩しようとベンチに下がった。
インストラクターとしての七瀬は、割とオレに手厳しい。
背中も容赦なく叩くし、メニューこなしても他の客みてーに「頑張りましたね」なんて誉めねぇ。
けど、高橋姐さんとかに言わせると、ヒイキされてるように見えるんだとか。
「八木君のこと優先してるよねー」
って、前に言われた。
どの辺がそう見えんのか分かんねぇけど、「無視されてるよね」とか言われるより断然いい。
オレも他のスタッフより、七瀬を頼ることが多くなった。
つっても、何しろ人気あるし。「すみませーん」とか「七瀬君こっちー」とか呼ばれて、すぐにオレの側からはいなくなる。
特定のインストラクターを独占したいなら、個人レッスンを予約するっつー方法もあるらしい。
七瀬は人気あるって言われるだけあって、この個人レッスンもそこそこ引き受けてるみてーだ。予約が難しいくらいだって。
マンツーマンで指導を受けるから、上達が速いとか。
いつもは白と黄緑の上下を着てるスタッフが、個人レッスンの時だけは、オレンジのTシャツを上に羽織る。
60分の時間制限で3000円から5000円。値段の差は、インストラクターのレベルの差らしくて、七瀬は一番上の5000円だって。
たった1日の1時間を独占すんのに5000円って、かなり高い。
けど、マンツーマンの間は、他の客の相手をしねーし。自分だけの側にいて、自分だけのトレーニングを見てくれる。
そこに値段以上の何かはあんのかも知れなかった。
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