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Ⅱ・8
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「……あ、悪ぃ」
とっさに謝ったのは、七瀬がすげービックリした顔してたからだ。
もうちょっと緩く投げてやるべきだったか? つーか、投げねーで手渡してやんのが普通だよな。まさか七瀬がボールを落とすなんて思ってなかったから、拍子抜けした。
けど、オレのとっさの謝罪も、七瀬には届いてねぇようだ。目と口をぽかんと開けて足元を見下ろし、それからふらっとしゃがみ込む。
その足元に転がったボールは、見事にぐしゃっと潰れてた。
まあ、そりゃ本物のボールじゃねーんだし、落ちて弾んだりはしねーよな。急いで駆け寄ると、「ごめん」と沈んだ声で謝られた。
ごめん、って。何についての謝罪なのか訳わかんなくて、ドキッとした。
チョコの返事?
もうオレのこと、無理なのか?
そんなバカなと思いつつ、イヤな予感を打ち消せなくて、鳥肌が立つ。
「七瀬……」
名前を呼んで更に近付くと、七瀬のデカい目がうるっと光った。ぐいっと目元をぬぐう仕草に、じわじわと焦る。
「ごめん、チョコ落として。オレ……っ」
「いや、オレの方こそ、投げたりして悪かった」
謝り合いながら様子をうかがい、その手の中のチョコを覗く。
どうやら、ボールチョコの中身は空洞だったみてーだ。ボールはみじめにひしゃげてて、一部中身が飛び出してた。
「ちゃんと……受け取ればよかった。せっかくのボールなのに」
素直に反省されると、逆にこっちも罪悪感が増してくる。
「泣くなよ……」
ぼそりと言うと、「泣いてない」って言い返されたけど、その口調にも覇気がなかった。
背中見せられてばっかも気が滅入るけど、こう目の前で沈まれても調子が狂う。
つーか、「ごめん」ってのはチョコの返事としてじゃねーんだよな? チョコを落としたことだよな? だったら投げたオレだってワリーんだし、おあいこだ。
迷わず紙袋に手ぇ突っ込んで、2つ買った残りの1個を掴み取る。
「ほら、こっちやるから。それはオレに寄越せ」
ひしゃげた方を紙袋に入れさせ、強引にもう1個のボールを押し付けると、七瀬は何とも言えなそうな、すげー複雑な顔してた。
「その……困らせたくて用意した訳じゃねーから」
照れ隠しにぼそっと言うと、同じくぼそっと礼を言われた。
「うん……ありがとう」
うつむいて、手の中のボールチョコをじっと見つめる七瀬は、何を考えてんだろう?
もっと喜んで欲しいんだけど。
「なあ、握り具合どうよ?」
努めて明るい声を出すと、七瀬は顔を上げ、オレとボールとを見比べた。
きゅっとストレートの形にボールを握り、「重い」とか呟いてる。
形より、重さの方に違和感か?
「落とさねーから投げてみろ」
言いながら数歩後ろに戻ると、七瀬は苦笑して首を振った。
「ボール握んの、久々じゃねぇ?」
両手を差し出して受ける体勢を取ったけど、七瀬はやっぱ首振るだけで、それを投げてはくれなかった。
代わりに、キッパリと言われた。
「投げるなら、ちゃんと投げたいんだ、八木君」
真っ直ぐな目に見つめられ、一瞬心が奪われる。
「ジムで会うんじゃなくて、部屋に行くだけじゃなくて、キャッチボールしたい。オレは、休みは平日だし、不定期だし、あまり一緒にいられないけど。でも……」
「でも?」
短く訊き返しながら、じっと七瀬の顔を見つめる。
キャッチボール。用意すべきだったのは、チョコじゃなくて本物のボールか?
そういやキャッチボールなんて、もう何年もやってなかった。別れる以前、ギクシャクし始める前から、オレはすっかり出不精なってて。
『八木君、外行こう?』
七瀬に何度誘われても、ねだられても、それに応じることはなかった。
ちらっと真横のフェンスの向こう、眩しい高校生たちに目を向ける。週一でここに通うたび、七瀬は昔のこと思い出したりすんのかな?
オレと違って、行動的な七瀬。
オレよりもずっと前向きな七瀬。
眩しい七瀬。
ジムに通い始めて、家で筋トレも続けてて、以前よりはこれでも活動的になれた気でいたけど。まだまだ気持ちが足んなかったんだろうか。
「……でも、何?」
もっかい訊くと、七瀬はツンと顔を背けて、「何でもない」とだけ言った。
相変わらずほろ苦い、可愛げのねぇ態度。
けど、その手にはしっかりオレからのチョコが握られてて、ふっと笑みが浮かぶ。
「戻るよ」
目の前でくるっと背中を向けられ、放置するように先を歩かれたけど、昨日の電話ん時みてーに不安にはなんなかった。
やっぱ電話より、顔を直接見た方がイイ。
ツンとした態度、甘さのねぇ発言は相変わらずだけど、耳が赤かったりすんの丸見えだし。自分の気持ちが揺らぐこともなさそうだった。
すぐにはフラれそうにねぇって悟ると、堂々と訊く勇気も出た。
「結局、何に悩んでたんだ?」
「忘れた」
七瀬はツンと前を見たまま即答して、けど思い直したように、ぼそっと言った。
「オレ、もう待つのはイヤだから。待つの、やめようと思って。八木君……」
「なに?」
早足で元来た道を歩きながら、七瀬の言葉に耳を澄ます。
待つのはやめる、って。昨日、電話口でギョッとしながら聞いた言葉が、今は違う意味に聞こえた。
「たまには、うち、来る?」
ぼそっと訊かれて、あまりの不意打ちぶりにドキッとする。
「えっ?」
思わず訊き返すと、「2度は言わない」ってニコリともしねーで言われたけど、悪い意味には取りようがなかった。
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