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Ⅲ・8
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首元に押し当てられたのは、冷えたペットボトルだった。
抱き起され、支えられて、七瀬にもう1本のスポドリを渡される。それを見た瞬間、すげーノドが渇いてることに気が付いた。
「飲んで」
言われるまでもなく、キャップを開けて口をつける。ビール呑むときみてーに一気に飲んだら、途中で気管に入って咳が出た。
げほ、ごほ、と盛大にむせると、「もう」って苦言と共に、優しく背中をさすられる。
「焦らなくてもいいだろ」
「分かってっ、けど……っ」
げほ、げほ。咳き込みながら返事すると、「黙って」って怒られた。
「今は、咳に集中だ」
その言い方に、咳しながらだけど、ふふっと笑える。咳に集中も何もねーだろ、っつの。
ようやく落ち着いて、盛大にため息をつくと、七瀬もオレの後ろでため息ついてる。
エアコンを点けてくれたみてーで、部屋の温度も少しずつ冷えて来た。フルで動いてんのか、風音がスゲェ。
「もう1本、飲む?」
さっきのとは違うメーカーのスポドリを渡され、有難く受け取る。ちょっとぬるい気がすんのは、首に押し当てられてたヤツだったからか。
「落ち着いてね。飲んだら、寝て」
「寝たよ」
ゆっくりスポドリを飲みながら言うと、じろっと七瀬に睨まれた。
「安静にって意味だよっ」
ぷりぷり怒られて反省しつつ、そんな顔も可愛いなと思う。
「お前、仕事は?」
ふと思い出して訊くと、とうに終わったって。
「はあ? マジ?」
9時から10時までの個人レッスン、それが終わったってことは、今何時だ?
キョロキョロとケータイを探し、取り上げて時刻を見ると、夜の11時少し前。ちょっと横になっただけのつもりがすっかり寝込んでたみてーで、我ながら驚いた。
着信が2件、どっちも七瀬から来てたのに、まったく聞こえてなかった。
「電話したのに出ないから……っ」
だから来てくれたのか。どうやら心配させたらしい。つーか、これでますます信用がなくなるな。
「悪ぃ」
軽く謝ると、七瀬がぐうっとノドを慣らした。白い顔がみるみる歪んで、同時に涙があふれ出す。
ギョッとしたのは勿論のことだ。
「ごめん」
もっかい謝ると、七瀬はぶんぶんと首を振って、更にひぐっと嗚咽を漏らした。
「オレ、言ったのにっ」
「ああ、悪かった」
確かに車を降りるとき言われた。室温管理と、水分補給。疲れたからって怠って、そんで具合悪くなってりゃ世話がねぇ。
目の前で、ぼろぼろ泣きながらこぶしで涙をぬぐう七瀬。その肩があまりに細く華奢に見えて、衝動的に抱き寄せると、七瀬もぎゅっと抱き着いてくれた。
耳元でひぐひぐと色気のねぇ嗚咽を聞く。
「オレにうるさく言われる、の、八木君、イヤがるって知ってた、けど。うっ、ウザいのやめようと、思ってるけど。心配なんだ。分かって?」
しゃくり上げながらの訴えに、ズキッと胸が痛くなった。
オレに必死で絡んでくる七瀬を、「ウゼェ」の一言で拒絶してから、もう何年経っただろう? それを連想させる言葉に、七瀬の想いが読めた気がした。
過ぎたことをいつまでも覚えててこだわってんのは、心の奥底では納得できてねぇからだ。
円満な別れ方じゃなかった。オレが一方的に傷付けた。オレも――七瀬も。きっと、あの終わりを納得してなかった。
もしかすると、七瀬がオレをツンツンと突き放すのは、それも原因の1つなんじゃねーのかな?
オレに「ウゼェ」って言われねぇよう、近付き過ぎねぇように、って。
それは勝手なオレの憶測だし、きっと本人に訊いたって、ツンと顔を背けるだけだと思うけど……なんとなく当たってるような気がした。
「七瀬……」
愛おしさが、胸からこみ上げてあふれ出す。
ぎゅっと強く抱き締めた後、腕を緩めて顔を覗き込む。
泣き顔を見られたくねーのか、七瀬はしゃくり上げながら、オレの肩口に顔を押し当てて隠した。
「顔見せて」
そっとねだると、小さく何度も首を振られる。
仕方ねぇと苦笑しつつ、目の前のこめかみにちゅっとキスすると、七瀬が「ふあっ」と奇声を上げた。
胸を押され、突き放される。片手でこめかみを押さえてる七瀬は、もう真っ赤だ。
「なっ、もう……っ」
いきなりのことに、言葉が出ねぇらしい。そんな様子さえ可愛く思えて、ふふっと笑える。
「誰も見てねーって」
数時間前と同じセリフを口にすると、「反省してない」ってべしっと腕を叩かれた。
「してるって。すげーしてる」
くくっと笑いながら、もっかい七瀬を抱き寄せようと手ぇ伸ばしたら、それもべしっと叩かれた。
「お触りは、禁止だ」
「なんだソレ」
お触りって。あまりな言い草にぶはっと笑うと、笑いごとじゃねぇって怒られた。
どうやら、自分が気付いてねーだけで、最近七瀬に触ってばっかだったらしい。髪を触ったり、背中や腰に手ぇ回したり、顔を覗き込んだり。
互いの家ならいいけど、ジムでは困る、って。
「八木君、お客さんがオレにべたべた触り過ぎって言ってたけど。一番タチ悪いの、キミだから!」
カーッと真っ赤になりながら、ぐーっと体を押しのけられて喚かれる。
さっきの号泣はどこ行った?
すんすん鼻をすすりながら怒ってる、そんな様子も可愛くて仕方ねぇ。
「なあ、好きだ」
思いを告げながら手を伸ばすと、その手をべしっと叩かれた。「キライ!」て言われたけど、ちっともダメージを感じねぇ。
「安静にして!」
怒ったように命じられ、分かったって了承する。
学生の頃にはなかった、対等なやり取り。それが今のオレたちの関係で、悪くねぇ。
何より、こうして誰より近いとこにいてくれる。
心配されるくらいが、ちょうどいいのかも知れなかった。
(Ⅲ・終)
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