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春の短編 番外編?伯田兄?
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暖かい陽射しは顔に少し痛いくらいな麗らかなその日、彼は私の元へとやってきた。
「少しだけ日除けして」
柔らかな声色は吐息と共に音色となって色を成し、私は少しだけ枝を揺らして彼に日陰が出来るよう努めた。
するとどうだろう、彼はそれをわかっているかのように、此方へ笑顔を向けるのだ。
私を背凭れにして、春風を頬へ掠めて、心地良さそうにする姿はさながら少年。けれど、彼はもう立派に成人している青年なのだから驚きだ。
彼のお爺さんはとても優しく心の広い人間で、私の体調にすぐに気が付いてくれた。
対処も早くそのお陰もあり私は長年この家でお世話になっているのだ。
そのお爺さんも私を残して逝ってしまった。
人間とは儚く脆いものだ。
私が毎年散らしてしまう花びらのように、呆気なく短命。
私が魅せる姿に瞳を輝かせて笑顔を見せる小さき生命。
そんな小さき彼らがその命の限りに目で観て、手で診て、心で魅てくれた我が生命。
そんな彼らをいつも見送りひとり此処で生き続けることに意味を見出せずにいた。
我が生命は何の為にあるのか、何故私は私で、人間にはなれなかったのか。それよりも、まず私という認識をしてくれるものなどいないのだ。
ならば、尚。
何の為にこの家に世話になっているのか。
ここ数年調子が悪く、この何とも頼りない青年に支え木などを施してもらっている。
この青年は不思議なもので、彼が手間を掛けた植物は皆生き生きと息吹を取り戻す。
かく言う私もそのひとつで、苦しみながらも毎年花を咲かせることができている。
なのに。
今年は蕾が出ないのだ。
嗚呼、私の役目も果たせぬして何を持って己を桜と言えようか。
嘆き悲しんでも意味などない、そう、私を魅せる術を失った私など存在する価値もないのだ。
「そう…だから遅いのか」
ポツリと呟いた主は眠っていると思っていた青年の声で。
ゆっくりと眼を開くと徐に私の身体に手を添えてきた。
「もう、寿命なんだね」
辛辣にストレートな言葉は柔らかな音と共に突き刺さる。
確かに枝葉には青々しい葉が疎らにつくばかりで、私はとても無様な様相だった。
お払い箱、ということだ。
咲かない桜など存在する価値は、それこそない。
なのに。
ゆっくりと両手いっぱいに広げて私を抱き締める青年。
回りきる筈もないのに精一杯力を込めて抱きしめていることがわかる。
伝わってくるのは音色。
彼の心臓が精一杯生きようと働く音
優しい彼の心が染み込んでくる音
土から巡ってくる水脈の音
どれも優しく温かい音。
そしてそのどれよりも優しかったのは、彼の声色。
「お疲れ様…長い間、僕たちの為にありがとう」
思えば、彼は幼い頃からこうして私に触れ、花を咲き綻ばせる度に感謝を伝えてくれていた。
彼は私の心がわかるのかもしれない。だとしたら。
最後にもう一度だけ。もう一度だけでいい。
この家に対する感謝を、彼の優しさに感謝を、伝えたい。
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