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「こんにちは」
「あ、いらっしゃいませ。今日もいつものでいいですか?」
「はい、お願いします」
月に1度、雨の日に彼はやってくる。
注文は毎回同じ、お任せの花束か簡単なアレンジ。
月記念日とかかな、だとしたら随分マメで、その人のことをとても愛しているんだな。
勝手な妄想を膨らませて少し落ち込んだ気分になった。
ちらりと横目に彼を見ると傘を丁寧に畳んで店に滴が垂れないように傘盾へ静かにおさめている。初めて来たときなんて歩いたとこ全部水浸しにしてたのが嘘みたいだ。
今日は何の花にしよう。
これがまた恥ずかしいことに、女々しく花言葉で選んだりしていた。
こっそり想う位なら許されると思うんだ。だって、彼は愛する人に花を贈るわけだし。
6月はラベンダー、あなたを待っています。
7月はジギタリス、隠し切れない恋。
8月はヒマワリ、あなただけを見つめます。
9月はペンステモン、あなたに見とれています。
言葉に表してしまうとこれまたストーカーくさい。
その季節に似合う花に合わせてさり気なく選んでいるし、普通の人なら気付かないから、これはきっと自己満足で。
「…恋人に、プレゼントですか?」
「え?」
あ、まずい。無意識に口に出しちゃった。
「…大切な、方、なんですね」
まずいと思ったものの、後には引けなくて、知りたくて。
出来るだけ笑顔で彼を見ると、彼の瞳がとても悲しい色をしていた。
「…はい、祖父が亡くなりまして。祖父の大切な人が、植物が好きらしいんです。ですから…花を贈ろうと思いまして」
「…あ、じゃあ。おじいさんの月命日、ですか。すみません…俺、余計なこと」
「いえ、いいんです。僕も祖父も、どうやら雨男みたいで。大切な日は必ず雨が降ってしまう…でも、その雨のお陰でこの店に出会えました」
あの日は、ものすごいどしゃぶりだった。
緩んだネクタイは黒だったし、パンツもそういえば黒だった。ああ、あの日。
彼が悲壮な顔立ちだったことが十分に理解できて、それでいて、魂の抜け殻のようだった理由も今知った。あのときは、気が動転していたんだろう。
彼が言うには、あの日、どしゃぶりに当てられて雨宿りに飛び込んだ店がここで。
扉を開けたらとても甘い匂いがしたそうで。季節柄、5月だったので香りの甘い花が多かったのかもしれない。
その香りでおじいさんを想い、購入して帰ろうと決めたそうだ。
「毎月、ここで綺麗なお花を頂いて帰ることが楽しみになっていました。」
「そうですか、ありがとうございます」
嬉しい。話の流れからして不謹慎かもしれないけれど、自然と笑みが零れた。
喜んで貰えて良かった。それと、花を贈る相手が恋人でない事も内心喜んでしまったのかもしれない。
「それと」
「?」
「もうひとつ、別の楽しみができていたようです」
「なんですか?帰りは晴れるから散歩が気持ちいいとか。あ、きっと俺が晴れ男だから花持って出ると晴れるのかもしれませんね」
「ええ、その晴れ男さんに会うのが楽しみなんです」
……。え?
思い切り固まってしまった俺は、きっと顔は真っ赤。目頭も熱い。
いい年こいていつからこんなに分かりやすいやつになってしまったんだろう。
「あ、あの!お待たせしてすみません!すぐ、すぐ作ります!」
手元を見たら花選びさえしていなかった。
慌てて準備している間、彼はクスクスと笑っていた。ゆっくりでいいです、見ているのも楽しいので。と言ってはくれるが、もう手まで赤くなっている気がしてきた。
「花言葉、なんてあるんですね」
「え?ああ、はい。全ての花に意味がちゃんとあるんです」
「へぇ…ひまわりは?」
「ひまわりですか?あなたを見つめています、です。太陽に向かって咲く花なので、相手を太陽と意味して真っ直ぐな愛情の意味を持っているんです」
「さすが、お詳しいですね…じゃあ、なんでしたっけ。僕の好きな花なんですけど…赤と、紫の、ラッパみたいな花が連なっているやつ」
「ああっと…多分、ジギタリスです。熱い胸の想い、とか、隠しきれない恋、とか。別名でフォックスグローブとも言って、妖精たちの安眠を妨げる狐の足音を消すためにその花を履かせた、なんて由来らしいですよ…はい、お待たせしました」
「そうですか、じゃあ、僕たち両想いですね。因みに、これの花言葉はなんですか?」
「……あ!…えっと、その、今度…デートしてくれたら、教えます」
すぐに作って差し出したのはシンプルすぎるバラの花束。
バラの花言葉
あなたを、愛しています。
fin.
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