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全身から血の気の引くような感覚を味わったことはあるだろうか。僕の場合はしょっちゅうで、それら全部は皐月くんが原因である。しかし、そんなことなど遥かに凌駕し、頭は真っ白。顔面は蒼白。僕は人生最大のパニックに陥っている。
「……な、え? え?」
目が覚めたら知らない部屋にいました。なんて、冗談でも笑えない。左右上下見渡すが、ここがどこなのかもどうしてここにいるのかも一切検討が付かない。飛んだ記憶を呼び起こそうとして、ぶるり、と身震い。愕然として気付く。
「は、なんっ、なんで、なっ」
掛けられた薄い毛布の下、僕は裸だった。いや、パンツだけはそのままである。所謂、パンイチ。さらに混乱する僕は大声を出そうとしたが、その時、ガチャと部屋の扉が開いた。慌てて胸元を毛布で隠す。
「良かった、起きたんですね」
「ひ、日吉くん!?」
扉から顔を出したのはなんと日吉くんで。しかもシャワー上がりなのか、濡れた髪はそのままにタオルを首からかけての登場だ。瞠目する僕に日吉くんは「大丈夫ですか?」と心配したように伺う。全然大丈夫じゃないよ、なんなんこれ、どういうことなん? と、聞きたいが声にならず、はわはわと口だけが動く。
え、なに、つまりこれって僕は日吉くんとーー
「あぁ、すみません。最後に椎名さんが頼んだ烏龍茶が、ウーロンハイだったみたいで、一気飲みした後、椎名さん潰れちゃって」
「へっ……」
「家まで送ろうとしたんですけど、途中で椎名さん、その、……。幸い、店から僕の家が近かったものですから」
「あああああ、す、すまん……」
まさかの全部僕のせいやった。申し開きもできない僕の醜態。よりによって日吉くんに迷惑をかけてしまうなんて。てか最近、僕吐きすぎちゃう? 至る所で吐いてるやん。マーライオンかよ。
「あの椎名さん」
「ひぃっ!」
一歩近付いた日吉くんに過剰に反応してしまった。あっ、と思うが身体が反射的に動いていたのだ。面倒を見てくれた日吉くんになんて失礼な態度を、とすぐさま謝ろうとするが。
「ちゃんと言っておきますが!」
キリッと眉を吊り上げた日吉くんが先に口を開く。
「僕は椎名さんの信用を裏切るようなことは絶対しませんから!」
「あっ、あっ、は、はい」
語気を強めて言う日吉くんに、僕は恥ずかしさだとか自己嫌悪で萎縮してしまう。これだけ誠実な彼に対してすごく申し訳ない。
「服は駄目になっちゃったんで、今洗ってます。代わりに僕の服を貸しますので着てください」
「あっ、はいっ、なにからなにまで、ほんとすみません」
ちょっと待っててください、と言うと日吉くんは一旦部屋を出て行く。多分、服を取りにいったのだろうが、一人日吉くんの部屋に取り残されて落ち着かない気分になる。はじめて日吉くんの部屋に上がったのが、こんな形になってしまうだなんて。自分が情けなく、はぁぁぁと息を漏らし毛布に顔を埋める。すると毛布から日吉くんの匂いがし、がばっと顔をあげた。
「そっか日吉くんのベッドやもんな。いや……やっぱりまずいやろ……」
まずいと言えば、真っ先に脳に過ったのはあいつのことだ。実は日吉くんと飲みに行くこと自体、あいつに言っていない。だってそんなことを言えば、拒否するに決まっているだろうし、そもそも長居するつもりもなかったのだ。つまり、予想外のことが起きている状況で、なんと言い訳をすればいいのか、というか真実を述べたところで簡単には許されそうにはない。
「…あっ、スマホ!」
あいつのことだろうから信じられないくらい電話がかかってきているに違いない。それに、日吉くんの部屋には時計というものが見当たらないので時間が知りたい。僕の鞄は、と部屋を見渡し、テーブルに置かれているのを発見する。六畳一間ぐらいの広さでベッドとテーブルの距離も近い。毛布を纏ったままテーブルへと手を伸ばす。
「椎名さん?」
「あっ、うわ!」
戻ってきた日吉くんに気を取られて、鞄を掴み損ねてしまいベッドから落ちる。ドスン、と頭から落ちた僕に「椎名さん!?」と慌てた声で日吉くんが近寄ってくる。
「大丈夫ですか?」
「う、うん。ご、ごめん」
「あ……」
向けられた日吉くんの視線に戸惑ったものが混じっているのに気付く。落ちた拍子に毛布がはだけてしまい、晒された素肌。男同士なんだから上半身ぐらい別にと思うが、問題はそこではない。
皐月くんによって無数に付けられた独占欲の跡が日吉くんに見られてしまったのだ。
そんなことを今更気にしたって、僕を脱がしているときにも見たのだろうし、もっといえば前にも一度見られたことはある。だからといって、気恥ずかしさが消えるわけではないので、とっさに両手で肩を抱いて身を屈めるポーズをとる。そんな僕の仕草に、日吉くんは文字通りはっとすると僕以上に顔を赤らめて、手に持った服を僕に渡す。
「す、すすすすみません、これ、着てください!」
「あっ、ありがとう…」
申し訳なさそうに何度も頭を下げると、僕から視線を逸らすように体ごと後ろを向いてくれた。その間に手際よく着替える。
「あの!」
明後日の方向を向いたまま話し出す。
「さきほど、宝木さんから連絡がありましたよ」
「え?」
「あと数分で迎えにくるそうです」
「えっ、えっ、あ、あいつが?」
急に告げられて理解が追い付かない。なんで皐月くんが日吉くんの電話番号知ってるのか、とか、やっぱり皐月くんは僕が日吉くんと一緒におるのに気付いてたんや、とか。
それら全部踏まえて、分かることがひとつ。
「僕、殺されるな」
「え?」
日吉くんの家が殺人現場と化するまであと数分。
僕はどうなろうと、日吉くんだけはなんとか逃さなければならない。
あ、本当言うたら僕もまだ死にたくないです。
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