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「なんのもてなしも出来んけど……あ、そのへん座っといて。お茶持ってくるわ」
お構いなく、と言う暇もなく、俺をリビングに通すとキッチンへ消えていく栄さん。ぼーっと突っ立ているわけにもいかないから、促された通りソファへと座る。円は頻繁にうちに来ているけど、俺から円の家に行くのは久しぶりで、懐かしいと思う反面妙に緊張してくる。
落ち着かない様子でぐるりと家の中を見渡す。綺麗に片付けられたリビング。パッと目についたのは、棚の上に並べられた家族写真だった。幼少期のものから現在に至る写真まで。どれも家族全員が満面の笑みで映っており、あたたかい一家団欒の写真。けど。その写真を見て、どうしようもなく後ろめたい気持ちが湧いてくるのだ。
「はいお茶。麦茶しかないけど堪忍したってな」
「あ、ありがとうございます」
「これも良かったら食べて」
「すみません……」
お茶と一緒にお菓子も持ってきてくれたらしい。栄さんがお盆からテーブルにそれらを置く。拍子、見えてしまった。薄い長袖のカーディガンの下、伸ばした白い手首にはっきりと浮かぶ——鬱血の痕。俺はすぐさま目を逸らした。
(嫌なもん、見た……)
「今日暑いよな。熱中症には気を付けなあかんで」
視線に気づかなかったのか、気さくに話をしながら俺の隣へと座った。内心動揺を抱えていたが、無表情を取り繕って受け答えをする。
手首の痣、おそらく誰かに強い力で掴まれて付いたものだろう。その誰かを、俺は知っている。だけど、そこには触れない。見なかったことにしよう。また、そうしなければいけないのだ。
「そうそう、睦月くん三年生やねんよな。うちのアホと違って賢いらしいやん。円がいっつも自分のように睦月くんのこと自慢しとるわ」
「は……? 円、が」
「おん。この間の模試も上位やってんやろ? 円の順位は下から数えたほうが早いからな~。そんなんで高校受験どうする気なんやろ。暇なときで良いからあいつに勉強教えてあげてな」
「は、ぁ」
「ところでどこ受験するんやっけ」
「あ……えっと」
実はまだ決めかねているのだ。俺の学力ならどこを受験しても受かると太鼓判を押されている。成績に関してはなんの問題もない。ただ、高校の進学先を円と一緒にするかしないかで悩んでいるのだ。
(あいつと離れようと思うなら、円が絶対合格できないであろう進学校を狙えばいい。一応、希望調査票にはそれで出した)
だけど……。ぶっちゃけ円と離れるなんて選択肢は持ち合わせていない。頭ではわかっているつもりではある。これほどまでも毎日毎日葛藤の日々を送っているのだから、いい加減あいつと離れたほうがいいんじゃないかって。そうすれば、俺の精神衛生上にも良いだろうし、円だって俺に辛く当たられることが無くなるのだ。お互いにとって良い選択肢だとは思うのに、ほんの少し。円と離れることを考えるだけで、もう駄目だった。腹は痛くなって震えと涙が止まらなくなる。絶望。もはや死んだほうがマシなんじゃないかと本気で考えるくらい。そういう理由から、円と進路を分かつことは無い。ただ、自分から円の成績に合わせにいくのはさすがにあからさま過ぎるだろうか。だからといって、実際円と俺とでは学力の差が歴然なので調整が難しい。
「まだ、悩んで…ます」
「そうなん? 円がな、睦月くんと同じ高校が良いとは言ってたんやけどなぁ」
「……は」
「まぁまず高校に受かるかも怪しんやけどな」
ほがらかに笑って言うが、さらりととんでもないことを聞いてしまった。円の希望進路は名前さえ書けたら合格するようなFランク高校だったはずだ。それなのに、本心では(ここが重要)俺と同じ高校に通いたいと思ってるだと? は? なんだよそれ、両想いじゃん。
「別々の高校に行っても変わらず円と仲ようしたってな」
「いやです」
「えっ」
別の学校に行くという選択肢は今さっきで完全に消え失せた。俺、絶対に円と同じ高校に通うので。とりあえず、今度あいつには全科目の参考書と赤本を渡すことに決めた。
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