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「行くのか」
「真偽を確かめにな」
「放っておけばいいものを」
「気になるだろ」
村長の話を聞いた俺は家に帰るとすぐに荷支度を始めた。魔王はそんな俺を静かに眺めていた。行く気はないのだろう。どこぞのバカが魔王を騙り悪騒ぎを起こしていても当人に害がなければ放っておく、そんな性格の奴だ。
「お前の分も殴ってくるよ」
「余計なことだ」
「そ。じゃあな」
荷支度をして早々に家を出た。思い立ったが吉日ではない。早々に、この騒動の終結を望んで、だ。
「ああ、そういえば、あいつは元気かな」
どうせ近くを通るのだ。ついでにあいつにつれてってもらおう。かつて自分が戦い、結果的に救ってしまった竜。幼かった竜はまだ子どもと知らず派手に騒いだ人間によって負傷していた。そこに偶然にも出くわしたのが俺だったのだ。
憂鬱な旅路に楽しみができた。心が晴れることは無いが、かつての癒しに心躍る。魔王城まではアディラから早くて一週間。竜が頑張ってくれても三日から四日はかかるだろう。その間にバカが何か起こさないとも限らない。というより、奴らのほうが到着が早いだろうから何かが起こることは必然だ。
退屈を埋めるものなど求めやしないのに、勝手に事は動き出す。望んでもいない争いに、少しばかり心が高鳴るのは根っからの戦闘狂なのだろうか。しかし、やはり考えるのは魔王が待っているであろうあの家の平穏な暮らしぶり。
さっさと終えて帰ろう。今度こそ、本当の平穏を、静寂を求めて。
それから三日後のことだった。竜が何かに気づいたらしく、地上へと降りる。魔王城まであと数キロの地点。どうやら追いついたらしい。かつての仲間だった連中に。
「勇者様!」
「生きておられたのですね」
賢者に騎士に剣士。そして、俺の見知らぬ青年。
「そいつが勇者?」
「言葉を慎んでください、クローシュ」
青年、クローシュの不躾な態度を見るのはいつぶりだろうか。大抵の人間は勇者を崇拝している。同じ人間で、何の変哲も無い俺に対して。いや、「勇者」という存在に抱いているものか。決して「俺」に対してではない。
「クローシュな。お前が勇者(俺)に成り代わり、勇者やってんのか」
「そこの人らに頼まれてね」
「そりゃいい。お前はそのまま勇者やっててくれ」
「勇者様!?」
最初に叫んだのは賢者だった。思えばこいつは何かと俺の後ろを追ってくるやつだった。「勇者崇拝」の第一人者って感じがして、俺はよくこいつから逃げていた。鬱陶しかったんだ。
「俺は死んだ。勇者は生まれ変わった。その勇者がクローシュ。それでいい」
たとえ未だ勇者の力を残し、聖剣がこの手にあり、運命が使命を与えてくるとしても、俺は勇者を捨てた。
「勇者様、あなたはいつからそのようなことを」
「おう、最初からだ」
「なっ!?」
クローシュ含めパーティ全員が驚いて見せた。そりゃそうか。
「俺は旅に出る前、勇者としての自覚を持った瞬間からこの運命を呪ったよ。そしていつか捨ててやろうとしたさ。そして魔王城をぶっ壊して逃げた。静かに暮らしてたのに、お前らときたらなんだ? 魔王が復活したから代理立てて攻め込んでやんの。アホくさ」
ポリポリと頭を掻く。わなわなと震えだすパーティメンバーに俺はニヤリと笑う。一人、怒りを見せないクローシュに俺は問うた。
「クローシュ、なんでお前勇者代理やってんだ?」
「そこの人らに頼まれて……」
「違う、違う。頼まれてもお前断るくらいはするだろ? なんでやる気になったんだ?」
第一印象からして無気力なクローシュだが、目的はあるはずだと思った俺は問うてみたかった。俺以外のやつが勇者をやりたがるのならそれは何故なのか。
「勇者やれば金が簡単に手に入るから」
単純明快。潔すぎて腹を抱えて笑った。
「いいな、お前。欲深い」
ただ、殺されるしかないのだろうなと思うのをよそに、俺はクローシュの背中を叩いた。いや、違う。こいつの目的はまた別にあると、覚った。
「賢者、お前本当に殴り込みに行くのか?」
「もちろんですとも! 勇者様が戻ってきた今、私たちは無敵ですよ!」
意気込む賢者を俺は鼻で笑う。さっきも言ったはずだ。こいつの期待はどこまで愚かなのか。
「賢者、俺は勇者をやり直す気はない。言ったろ? 勇者はクローシュだ。俺はただの野次馬さ。行くならとっとと行け。そして無駄死にするがいいさ。俺の平穏を崩しやがって」
本音を言おう。俺は怒っている。さっさとこの怒りの捌け口を探しぶつけ帰りたい。
「勇者、本当に俺たちと行く気はないのか」
今まで口を開かなかった剣士が問う。その後ろ騎士も俺の答えを待っていた。
「聴こえなかったか? 俺は勇者を捨てた、ただの農民さ。たとえお前たちが蜂の巣をつついて死のうと関係ない」
嘲笑う。剣士がこちらへと近寄る。その顔は憤っていた。ああ、殴られる。視界に握られた拳が見えた。
「ストップ」
その拳が俺の顔面にめり込むことは無かった。いやできなかった。
「何で居るのさ」
「朝の目覚めが悪すぎてな。さっさとどこぞのバカを殴りにいったアホを迎えに行ってやろうかと」
俺に向けられた拳を包む大きな手のひら。背後から受け止められたそれ。受け止めたやつの声はここ最近聞いてなかったが、とても馴染みのある声だった。
「あらやだ、そんなに私のラブコールが気に入ったの?」
「ああ、そうだとも」
「気持ち悪」
「お前からやったんだろ」
一気に萎える。しかし、わざわざ来てくれたことに俺は隠せないほど喜んでいた。
「勇者、其の方は……」
「魔王様!!」
「はっ!?」
突然の名称にパーティが騒ぐ。すぐさま距離をとった剣士と騎士は剣を抜き、賢者は咄嗟に陣を発動させるほどだ。
「やっぱりか」
俺はといえば冷静だった。魔王であることは当然知っているが、それを知る人物がもう一人。
(魔王復活説はやはり……)
クローシュは魔王を前にして跪く。当然の行動だった。
「わざわざパーティに紛れ込むまねをするなんてな」
クローシュの正体は本体を魔王城に置く幹部クラスの魔物だろう。
「魔王様、貴方様が戻るのをどれほどお待ちしていたことか」
うんざりとした顔を見せる魔王。跪くクローシュには見えていないのだろう。ベラベラと話し続けるクローシュの話を魔王は一つも耳に入れていない。
「勇者、帰るぞ」
魔王は全てを無視した。俺を殴ろうとした剣士も、その横で身構える騎士も、今にも攻撃してきそうな賢者も、跪くクローシュも。
「お前らしいっちゃらしいな。けど、そうもいかないみたいだ」
俺は遠く、魔王城の上空を見つめる。もともとあのあたりは黒く渦巻く瘴気によって視界が淀んでいたが、今は空が淀んでいる。前まではそんな現象はなかった。空は変わらず、ただ空気だけが悪かった。
「ここで俺たちが何もせずに帰ればまた、暴れだすだろうよ」
「ちっ。面倒くせぇ」
魔物は人間を襲い、人間は魔物に抗うために殺すだろう。そしたら全面戦争は逃れられない。魔王と勇者がいない今、例え勇者一行が復活をしていたとしても、誰も止められない。それは「存在」が確認できないからだ。
「勇者、あなた魔王と」
「うん。まぁこれは成り行きだよ。俺と魔王の意見の一致」
ケロッとした態度の俺に、唖然とする賢者。まぁそうだよな。どこの物語に魔王と勇者が仲良しこよししてるシーンがあるんだっていう。
「さぁて、魔王さん、いかがしましょーね」
自分より高い位置にある顔を見やる。魔王は呆れ顔だった。俺の意図が読めたのだろう。
「好きにしろ」
「やったね」
その回答に俺は笑う。そう、俺は怒っているんだ。
「そろそろこのストレスが胃に来そうでさ」
この場合、俺はどうすれば正解なのか分からない。分かりたくも無い。
ただ、自分たちが守られる立場にいることを当たり前だと思う人間にも、支配下にあることで甘えている魔物にも俺は容赦をかけたくない。
「世界最強勇者様直々に告げてやるさ」
この世界の命運が誰の手によって握られているのかを。
「魔王、手伝え」
「だる」
「うっさいよ」
マオではなく魔王と。
それは魔王と勇者の最後の仕事だった。
「古より伝わりし聖剣よ、今一度我の手に戻れ」
体の前で構える。聖剣は変わらず、俺の元へと戻ってきた。魔王は魔王で呪文を唱えていた。奴の胸元にある魔王の証、紋章が光りだす。黒いような赤いような光は俺とは正反対だった。
「勇者様?」
「お前らラッキーだよな」
賢者たちには俺の最高の笑顔が、怪しく笑う悪魔のような笑顔だったかもしれない。
恐怖に染まるその顔ぶれを俺は一生忘れないだろう。傑作だ。
空に聖剣を翳す。そして、俺は誰宛でもない、「運命」へと言葉を紡ぐ。
「全世界に告ぐ。くそくらえな世界と物語と運命を作りやがったクソ野郎に天誅を下す。今の世界は俺の世界だ。俺が何をしようと抗うことはできないと思え。俺は神など信じない。勇者なんてクソ喰らえだ。ただこの力だけは預かってやる。勇者としてやる気は毛頭無いがこの世界を平和であり続けるための願望なら人一倍だ。俺は魔王とともに世界を征服する。文句ある奴は片っ端から相手をしてやる。しかし、平和ではなく争いを求める奴は片っ端から消してやる。大人しく俺を崇拝していろ。俺は平和以上なにも望まない。何もしない。力を恐れるな。力こそが制御する。だから静かに暮らせ。以上」
この上ない横暴さだった、と後に人々は語る。その後英雄伝説の本がただの英雄伝説として残ることは無かった。タイトルは「悪魔の勇者」。
そのタイトルを聞いたとき、勇者はひっきりなしに笑ったとか。
勇者の宣言の後、聖剣が世界を縛るように飛び散り、鎖を引いた。その鎖に鍵をかけるように魔王が己の魔力を飛ばした。世界の空には魔王の陣と勇者の光が覆った。それが魔王と勇者の征服の証となった。
結局、魔王と勇者は運命通り、魔王と勇者でしかいられなかったが、二人の静寂は以前より簡単に得られるようになった。
魔王と勇者の顔を知らない民に紛れて今でも暮らしている。そして、彼らが知らない間に魔王と勇者の後日談が生まれる。作者不明のまま世界へと流れた。
「ヒロ」
「ちょっと待て、ってこら! マオ!」
腹を空かせた魔王は勇者が作っていた朝食をつまむ。ペロリと指についたソースを舐め取る魔王に、勇者は容赦なく拳骨を叩き込んだ。
「ちったぁ我慢を覚えやがれ」
「無理」
「このっ! てめぇなんざパンの角で頭打って死にやがれ!」
「ストップ。それはバケットだ」
「うっせぇよ!」
~FIN~
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