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バイト先の責任者にとって、オレらは多分、ゲームボード上のコマなんだろう。
こっちの人数が多いから、1人あっちに回そう、とか。向こうで2人の求人があるから、コイツとコイツを回そう、とか。そういう感じの動かし方をよくされる。
『明後日から1週間、A町の工事現場行ってください。集合はM駅東口、朝5時です』
とか、平気で電話かかってくる。
9時から大学の必修講義だ、っつーと、1時間でも行けって。けど行ったら最後、1時間で現場を抜けるなんてこと不可能だ。
「学生だから」「必修授業あるから」なんて免罪符にもならねぇ。こっちの都合は、その他大勢には通用しねぇ。「留年したらどうするんスか」なんて言ったところで、「正社員ようこそ」って、にっこり笑われて終わりだ。
こんなブラックなとこの正社員なんて、冗談じゃねぇと思う。
けど逆に、正社員ならブラックじゃねぇのかな、とも思う。いや、勿論、就職する気なんか全くねぇけど。
全くねぇけど……生活のほとんどをバイトに浸食されて、抜け出せそうになかった。
「今日の避難訓練、ビックリしたね?」
いつものコンビニで、レジにビールを通しながら春日がくすっと笑った。
「大学で、避難訓練するとは思わなかったな。掲示板にお知らせ、貼ってあったらしいけど……」
「へぇ、避難訓練? マジ?」
ポケットから財布を取り出しながら驚いたように答えると、逆に春日にビックリされた。
「ええっ、影野君、知らなかったの?」
「おー、朝からバイト行ってたわ」
青いトレーに小銭を置くと、代わりに釣銭を手渡してくれる。
指先だけの触れ合い、束の間の温もり。けど、今夜はそれに浸れなかった。
「えっ、でも今日、今年最後の講義だよ」
まん丸の大きな目が、オレの顔を凝視する。
今年最後ってのは講義のことで、つまり、明日から冬休みってコトなんだろう。
「は……? えっ、マジか?」
いつの間にか12月も中旬を過ぎてて、ドキッとした。
今年最後の講義、ヤベェ、どれも出てねぇ。提出物も、課題レポートの話も何も聞いてねーし、年明けの進級テストの試験範囲も聞いてねぇ。
ノートは当然真っ白で、「留年」の2文字がふっと頭に点灯した。
「……バイト、大変そうだね」
春日の言葉に、「ああ……」と力無く同意する。
「もしかして、クリスマスも年末も?」
ビールとつまみをレジ袋に入れながら、春日が心配そうにオレを見る。
「あーまあな。けどバイト三昧なのは、お前もじゃねーの?」
ふふっと作り笑いを浮かべながらそう言うと、予想通りだったらしい。春日もこくんとうなずいた。
「あ、あのさ……」
と、まだ何か言おうとしてたみてーだったけど、ちょうどそこに他の客が来ちまって、残念ながら会話が終わる。
「あ、いらっしゃいませ。ありがとうございます」
接客しながら、ちらっとオレの方を見る春日。バレねぇ程度に軽く手を上げてやると、春日もちらっと笑ってくれた。
不安と焦燥で真っ暗になるオレの心を、笑顔だけで明るく照らしてくれる春日。付き合ってるヤツいんのかな、と、そんなことばっかスゲー気になる。
同じ大学だっつーのに、コンビニでしか会ったことがねぇ。
けど、バイトバイトで抜けらんなくて、大学自体にあんま通えてねぇから、そう不思議な事じゃなかった。
欠席がちになり始めた当初、心配してノート回してくれたり、たまに代返してくれてたらしい友達も、今はもうほとんどいねぇ。
ブラックバイトで金はそこそこ溜まったが、代わりに大事なモンをいっぱい失くした。
その金も使う暇ねぇから、溜まる一方だ。正社員になるつもりはやっぱねぇけど、万が一留年しても、学費くらいは払えんじゃねーかと思う。
けど、それじゃやっぱ、暗闇から抜け出せなくて――。
春日とのコンビニでの逢瀬だけを支えに、日々頑張るしかなかった。
クリスマスイブのバイトは、道路工事の警備だった。
偶然にもうちの近くで、移動に時間取られねぇ分ラッキーだと思う。下手すりゃ、バスで数十分先に集団で行かされることもあるかんな。
送り迎え付きの現場だと、遅刻や早退ができねぇから案外不便だ。「帰りてぇ」つっても、足がねーと帰れねーし。結局超過勤務させられて、ふらふらになることもある。
その点、うちの近所だと、「じゃあ!」つって逃げかえれそうだ。
いや、家まで追って来られたら……と思うと、ヘタな真似はできそうにねーけど、遠くに行かされるより気楽でいい。
二車線道路の片側だけを閉鎖する工事は、全面封鎖に比べると、作業も多いし苦情も多いしで気力体力ともに削られる。
寒いし、トイレはねーし。クリスマスなのにイルミネーションじゃなくて、赤いチューブライトに囲まれてるとか、最悪だ。テンションも下がる一方だった。
「なぁ、兄ちゃん。こんな寒い日には1杯やりたくなるよなぁ」
工事のおっさんに話しかけられ、「っスね」と適当に応えながら、手持ちのライトを横に振る。
「んな夜に工事すんなよ!」
「ウゼェ! 指図すんな!」
行きずりの車のドライバーに理不尽な罵倒を受けんのも慣れた。聞き流して、知らんぷりすんのも慣れた。
今日は春日のいるコンビニで、ケーキでも買おうかな。
クリスマスなんてくだんねぇと思いつつ、何となくバイトだけで1日終わらせたくなくて、色んなことを考える。
ショートケーキにするか、チョコケーキにするか? たまにはビールじゃなくて、ワインでも買うか?
ツリーもリースも何もねぇ家だけど、聖なる夜のおこぼれがあるのを、ちょっとだけでも期待した。
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