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現地集合・現地解散なんかザラだし、急に残業言われることもザラだ。
「今日は仕事ねぇから」
なんて集合してから言われたことだってある。
だから、「今日はもう帰れ」って、強引に早退させられることだって、初めてじゃなかった。
落ちて尻打ったばっかだし、イチャモンもウザかったし、気ィ遣って貰えたんだろうってのは分かる。
けど何か、がっくりした。
「痛むか?」なんて優しい言葉を期待した訳じゃねぇ。もし怪我してても労災なんか有り得ねーし、見て見ぬフリされるだろう。
ブラックバイトなんて、そんなモンだ。
慣れてたハズだ。
けど、どうにもやりきれねぇ気分に陥って、浮上できそうになかった。
打った尻は痛ェし、寒ィし、現場の空気は悪くなっちまってっし、最悪だな、と思う。
朝に集まった時点では、割と和気あいあいって感じだったのに。
「お先っス」
声を掛けても返事すらなくて、なんか余計に落ち込んだ。
現場からとぼとぼ歩き去りながら、足は自然にコンビニに向かった。
夜道をカッと白く照らす、頼もしい明かり。そこで働く春日の、眩しい笑顔を思い出し、ふらふらと近寄る。
けど――自分の手がスゲェ汚れてんのに気付いて、ドアを開けんのにちゅうちょした。
「ヤベェ……」
呟いて、1歩後ずさる。さっき落ちた時の汚れだ。よく見りゃ服も泥がついてて、ちょっと店内には入り辛ぇ。
いっぺん帰って、出直すか?
それとも、今日はやめとけってことなんだろうか?
帰っても何もねぇけど、帰らなくたって何もねぇ。いくら惹かれてたって、春日はここのバイト店員で……店員とバイトとの間は、そう簡単に埋められる訳がなかった。
カウンターに立ってんのが春日じゃねぇってのも、ためらった原因の1つだ。
アイツがいねぇなら意味がねぇ。
さっきは「待ってる」って言ってくれたけど、それだって社交辞令かセールストークかも知んねぇよな。そう思うと何か、本気にしたのが恥ずかしくなった。
……やっぱ、帰るか。
アパートに帰って着替えて手ェ洗っちまったら、多分また出掛けんのは億劫になって、そのまま寝て終わりになるだろう。けど、もう、それでもいいかと思う。クリスマスに特に思い入れはねぇけど、こんな夜についてねーよな。
ため息つきながら、諦めて入り口に背中を向ける。
と、その時――。
「影野君」
春日がオレの名を呼んだような気がした。
ハッと振り向くと、空耳じゃねぇ。本物の春日がコンビニのドアをガッと開けて、オレの方に飛び出して来る。
あれ、カウンターにはいなかったのに。と、そう思って、私服なのにようやく気付く。
「春日……」
呆然と立ち止まると、春日はタタッとオレの方に駆け寄って、またいつもの太陽みてーな笑顔で笑った。
「バイト、終わった?」
「……ああ」
今はバイトのコトなんか考えたくねぇ。
とっさに顔を下に向けると、春日の手にあるレジ袋に目が行った。ここのコンビニの袋だ。見慣れたロゴマークが描かれてる。
中身は何だ? ケーキ?
「あれ、お前こそバイトは……?」
「うん、終わりだよ」
オレの問いに答えながら、春日がもじもじと上目遣いでオレを見た。
「それでね。あの、ケーキ、食べないかと思って」
「ケーキ……?」
オウム返しに呟いて、目の前の春日をぼうっと見る。
頭が働かなくて、言ってる意味が分かんねぇ。ケーキ? 食べないかって、誰が?
「……オレ、が?」
ぽつりと呟くと、春日は上目遣いのままはにかんで、時間あるかって訊いて来た。
「コンビニケーキでロマンもないけど、よかったら……」
って。
「うち、来る?」
って。こてんと首をかしげられたら、断れる訳がねーだろう。
「オレんち、すぐそこだよ」
自慢げに言う様子が、スゲー可愛い。ここは大学の近所だし、同じ大学なんだし、近いのは当たり前だ。っつーか、オレんちだって近所だっつの。
ふっ、と笑える。
さっきまで真っ黒だった心ん中が、パァッと太陽に照らされる。
春日んちは、ホントに近所だった。
コンビニからも近いし、大学からも近い。オレんちからも近い。オレんちと似たような感じの、ワンルームのアパートだ。
「……オレ、あちこち汚れてんだけど」
階段を上がる前に、汚れた手のひらを見せながら、試すように様子をうかがう。
けどそんなことしなくても、コイツが多少の汚れぐらいで、イヤな顔する訳ねぇって分かってた。
「うわ、ホントだ」
春日はオレの手のひらを見て、目を丸くしながら、思った通り笑ってくれた。
「バイト、お疲れ様」
ねぎらわれて、じわっと笑みが浮かぶ。
「オレ、服も汚れてるんだけど」
正直に打ち明けると、「大変だっ」つって、早く早くと階段を昇らされる。
「洗うから、脱いで!」
当たり前の顔して、大胆なコトを言ってのける。そんな天然ぶりも可愛い。そのままユニットバスに押し込められて、シャワーを浴びるように言われる。
思ったより強引で、何考えてっか分かんねぇ。けど、右に左に振り回されても、イヤな気はしなかった。
ブラックバイトに振り回され過ぎて、もしかして免疫ついたかな?
ろくに知らねぇ、バイト中にちょっと話すだけのヤツの家に、こんな風に上がり込んでシャワーまで借りて……何やってんだ、と、自分でも思う。
「着替え、置いとくよー」
ユニットバスの戸が開いて、春日がカーテン越しに声をかけた。
手の汚れも、バイトでかいた汗も、何もかも流してスッキリとする。
落ちて打った尻は、まだじんじんと痛かったけど、もうあんまみじめな気分にはならなかった。
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