アダルトコンテンツが含まれます。
18歳以上ですか?
- 文字サイズ:
- 行間:
- 背景色:
-
6
-
春日はいつからオレの事、好きでいてくれたんだろう?
不思議に思って訊くと、「去年かな?」って言われて、ビックリした。
「去年?」
去年なら、まだ警備のバイトも始めてねーから、あの時間帯にコンビニには行かねぇ。
「どっかで会ったっけ?」
接点が思いつかなくて首を傾げる。さっぱり思い出せなくて焦った。
こんな太陽みてーに笑うヤツ、1回会ったら忘れねぇと思うんだけど、なんで覚えてねぇんだろう?
それとも弱ってる今だからこそ、眩しさと暖かさに気付けたってことなんかな?
春日が言うには、一般教養で隣に座ったことがあるらしい。
毎回適当なとこに座るから、いつ誰の横に座ったとか、まるっきり意識してなかった。せっかくの機会だったのに……と思うと、好きになる前だけど、なんか悔しい。
「で、その時にね、オレ、ノート忘れて。困ってたらキミが、ルーズリーフくれたんだ」
「あー……何かあったな、そういう時」
言われて初めて思い出しながら、記憶の底を漁る。
誰かに紙をやったことは覚えてても、その前後の記憶がねぇ。多分オレにとっては、そう特別なことじゃなかったんだろう。
「で、ね。お礼言おうと思ってたんだけど、ずっと言えなくて。何度か、目で探したんだけど……」
事情をこそりと打ち明けながら、春日がじわじわ赤くなる。
すげー可愛い。
『情けは他人のためならず』とか言うけど、ホントなんだなと思った。あん時の、無意識の小さな親切がこんな風に返ってくるとか、予想外だ。
「あの時は、ありがとう」
赤い顔でにっこり笑われて、「こっちこそ」と頭を下げる。
同じ学部でもねーのに、ノートを集めてコピーまでしてくれて、ホントに助かったし嬉しかった。
「そうか、オレのこと知ってたから、誕生日ん時に挙動不審だったんだな?」
サービスに割り箸を……って、ビミョーなプレゼントを渡されそうになったのは、ほんの数週間前のことだ。普通、コンビニ店員が客に「おめでとう」なんて言わねぇっつの。
あん時もそういえば、最低の気分だった。コイツのお陰で浮上したんだ。
「わっ、もう忘れてっ」
上ずった声で、恥ずかしそうにお願いされたけど、そう簡単に忘れられるようなモンじゃねぇ。
きっかけはオレの小さな親切だったかも知んねーけど、でもやっぱ、オレが惹かれてやまねぇのはコイツのこの雰囲気だ。
夜道を明るく照らすコンビニ。真っ暗なオレを照らす太陽。
たまんなくなって手を伸ばし、ぐっと抱き寄せて抱き締める。
「好きだ……!」
耳元で再び想いを告げると、「うん……」と小さくうなずかれる。
最初はギシッと固くなってた春日も、そのうちゆっくり緊張を解いて、オレの肩にもたれてくれた。
背中に回した手で、そっと柔らかな髪に触れる。セーター越しに抱き締めた体はしなやかで細くて、同じ男だっつーのにドキドキした。
かーっと体温が上がる。
暑くてこたつに入ってらんねぇ。
そっと腕を緩めて、白い顔を覗き込むと、数秒も見つめ合わねぇ内に、春日がそっと目を閉じた。
誘われるまま顔を寄せ、そっとキスをする。
初めて誰かと重ねた唇の感触は、すげー柔らかくて気持ちよくて、何度でも欲しいと思わせた。
ちゅ、ちゅ、と何度も軽いキスを繰り返す。唇だけじゃなくて、頬にも、鼻のてっぺんにも、眉間にも、額にも。
その内耐えきれなくなったのか、「ふあ」と春日が声を上げた。
「影野くんっ」
少し上擦った声と共に、ぎゅっと首元に抱き付かれる。
そのまま抱き締め、耳元やうなじにもキスを落とすと、春日がびくんと肩を揺らした。
宥めるように背中を撫で、互いに抱き付き合った格好で、どのくらいそうしてただろう。
やがて春日が、ぽつりと言った。
「温かいな……」
「ああ」
しみじみと呟き、互いの体温を感じ合う。
こたつの中の方がもっと温かいとは思ったけど、今はまだ離れたくなくて、口には出せなかった。
春日も同じなんだろう。オレの肩にくてんと頭を預け、またぽつりと呟いた。
「影野君、オレ……」
言いかけて、言いよどむ。
ためらってるふうなのを、「うん?」と軽く促すと、口ごもりながら話してくれた。
「心配、なんだ」
って。
「バイト、大事なの分かるけど。もっと休まないとダメだよ」
ドキッとした。
自分でも限界なのは分かってる。けど、好きなヤツから言われると余計になんか、胸がいっぱいになって、何かが溢れちまいそうだった。
「分かってる」
声が震えそうになんのを必死に抑え、腕ん中の出来立ての恋人を、ぎゅっと強く抱き締める。
ほんの助っ人気分で始めたバイトは、底なし沼みてーなブラックで、このままじゃ溺れてしまうのは明らかだ。
色んな経験させて貰ったし、全部が全部辛いだけじゃなかったけど、それ以上に色んなものを失った。
「クリスマスだし。ちょっと休んでも、神様は怒らないよ」
そんな、ちょっとずれたセリフに、ふふっと笑える。
神様は怒らなくても、バイトの責任者は怒るだろう。けど、怒らせてクビになったって、願ったりなのに気が付いた。
「休んで。寝て」
「ああ……そうする」
素直に返事して、もっかい腕を緩め、間近で顔を見合わせる。
今度のキスは、深くて。
春日の吐息も唾液も、それから時々漏れ聞いた喘ぎ声も、どれもとんでもなく甘くて優しかった。
バイトは、しばらく来なくていいと言われた。
特別なことは何もしてねぇ。ケンカ腰にもなってねぇ。ただ、バイト中に穴に落ちて、尻を打ったって電話で言っただけだ。
「病院、行きたいんスけど」
そう言うと、『じゃあ、年内はお休みだね』って。
そうじゃねぇだろうと思ったけど、あっさり通話は切れて、それっきりだ。分かってたけど、治療費なんかは払ってくれる気もなさそうで、苦笑するしかねぇ。
消極的で情けねぇけど、着信拒否にして様子をみたら、それっきりだ。
あんなに辞めらんなくて困ってたのが、ウソみてぇな幕引き。正直、納得はいかなかったけど、お陰で年末年始はゆったりできたし、春日と初詣にも行けたし、それで良かったんだろう。
バイトは当分コリゴリだけど、コンビニ通いは続けてる。
進級試験に向けての勉強や、レポートの合間、ふらっと外に出掛けては恋人の春日に会いに行く。
夜道を照らすコンビニは、相変わらず白くて明るくて。
「いらっしゃいませー」
にこやかにオレを迎えてくれる春日の笑顔は、相変わらず太陽みてぇに眩しかった。
(終)
現在の設定
文字サイズ
行間
背景色
×
6 / 6