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雨が止んだその日◇03
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その日の放課後は近くのスーパーに寄った。なんとなくカレーライスが食べたくなって、料理なんて得意じゃないのに食材を眺めていた。
「涼太くん?」
「え、」
聞き覚えのある声で視線を上げる。もしかしてーー。
「桑原さん!」
「はは、最近よく会うね」
「はい、本当に」
本当に、驚いた。
「買い物かい」
「いや、ちょっと……」
言葉を濁していると、桑原さんの買い物かごが目についた。にんじん、じゃがいも、たまねぎ。
「もしかして、今日もカレーですか」
「え。ああ、うん」
はは、と微苦笑を浮かべた。
「昨日は……」
「昨日はコンビニ弁当だよ。ここ二週間ほど、手料理はしてなくてね」
本当にカレーライスしか作れないんだなあと驚きつつも、これじゃあ身体に悪いと慌てた。
「それじゃあ、病気とかにもなりやすいんじゃないですか」
「うーん……朝はちゃんと、卵焼きとか、目玉焼きとか、スクランブルエッグとか……作ってるから」
またも苦笑しながら伝える彼に、俺も同じように苦い笑みを浮かべた。
彼のために、桑原さんのために、なにかできないかな。
「……あ、あのっ、俺と一緒に、料理しませんか」
「料理?」
「はい。俺、パスタとか、親子丼とかは作れるんで」
「教えてくれるのかい。嬉しいなあ」
「迷惑じゃなければ」と俯き加減に呟くと、大きな手のひらが頭に触れた。
「よろしく頼むよ」
赤くなっていないかな。誤魔化すように鼻を擦って小さく頷いた。
ーー買い物かごの中にあった食材は棚に戻され、新しく二人分の麺とトマト缶、ひき肉とにんにくを買った。
「玉ねぎ、にんじん……あと粉チーズとかタバスコはありますか」
「うん、それくらいならあるよ」
自分から誘ったのだからお金は自分で払うと伝えたが、大人ぶらせてくれと払われた。なんだか良い気がしなかったのでこっそりと食後のゼリーを二つ買って、桑原さんの家へ向かう。
「もう私の家は覚えたかな」
「はい。学校の通学路も通りますし」
「じゃあどこかで、ばったり会うかもしれないね」
柔らかい笑顔を見せる桑原さんに、はい、と同じ笑顔で頷いた。
いま俺は、この人の隣に並んでいる。一緒に並んで彼の家に帰り、夕飯を作る。こんな幸せなことがあっていいのだろうか。
「それにしても、男なのに料理が作れるなんて凄いね涼太くんは」
「そんなことないです。親が遅くまで帰ってこないので、暇なときに作ってみてるだけですし」
「私の家族も帰りが遅い方だったんだけど、そのときからコンビニ弁当ばかりでね」
情けないという微苦笑を浮かべる彼に、寂しい人だと感じた。そんな彼に手を差し伸べたのが、奥さんだったのかな。
「さあ、どうぞお入り」
桑原さんの掛け声で靴を脱ぐ。一歩部屋に入るだけでもう、彼の空気が全身を纏った。
「本当に大きな家ですよね。……ひとりでいて、寂しくないんですか」
見上げる天井が高すぎた。正面を向いても誰かの笑い声は聞こえない。人なんか、住んでいないような抜け殻だ。
「さあ、どうだろう」
誤魔化すように食材を並べだしたので、俺も気付かないふりをして隣に立った。
「……美術館に行きたいです。桑原さんが働いている美術館に、行ってみたいです」
「来てくれるのかい」
「はい。少しだけ、興味があります」
芸術なんて無縁だった。絵を描いてみても幼稚園生の落書きのようで、今までは嫌いだった。でも桑原さんが働く美術館に、少しだけ興味が持てた。
「今度招待するね。誰でも入れる場所だから、気軽に来るといい」
桑原さんが笑うから俺も笑って頷いた。
ふざけて「涼太先生」なんて呼ぶから調子に乗って料理をしていると、麺を茹ですぎた。
俺を舞い上がらせた桑原さんのせいだ。
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