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雨が止んだ日◇06
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仕切り直して回ろうか。そう桑原さんに言われて美術館を見て回ったけれど、どれも薄らぼんやりとしか覚えていない。
彼の奥さんが描いた秘密基地はどんな場所なのだろう。どのように、あの楽園を描いたのだろう。想像してみて、優しげなピンクが浮かぶ。そうして直ぐに、雨の日の傘もピンクだったっけ、と思いつき考えるのをやめた。
「帰りにスーパーに寄ってもいいかい。外食は無理だろうから、二人で何か作ろう。何が食べたい?」
帰りの電車はちょうど仕事帰りのサラリーマンや遊びから帰ってくる制服姿の学生と重なり、満員の中立っていた。出入り口の片隅で、吊革を握った桑原さんが俺の顔を覗き込んで問う。
「お昼が麺だったので、夜はお米で」
「やっぱり涼太くんは偉いね。栄養管理ができているね。私が学生の頃は、三食ともファーストフードだったこともある」
「太っちゃうじゃないですか。太ってましたか?」
「いくら食べても太らない体質だった」
だから今、不健康な体をしているのか、と密かに思い視線を電車の外にズラす。高いビルとビルとの狭間から、眩しいくらいの光が照らす。
「じゃあ健康的に、魚にしようか。鮭か鯵」
「鮭がいいです」
揺られながら地元へ戻り、いつもの駅前のスーパーで鮭を二切れとお味噌汁の具で豆腐を買った。デザートのゼリーは、今日は買わなかった。
途中で自宅に寄り、泊まるための用具を詰めた鞄を肩にかけて静かなこの道を並んで進んだ。
一定の距離。付かず離れず、決して触れることのない大きな手。
時刻は七時四十分を回った頃。買い物に出かけた主婦もとうに帰ってきているだろうこの時間は、空に浮かぶ月が妙に遠く見えた。
やっとの思いで彼の家につくと、台所に並んで食事を済ませ、今日は楽しかったですね、なんて在り来たりな言葉しか交わさずにさっさと湯船に浸かった。生温い湯が自分を冷静にさせ、胃のあたりがキリキリとしたから唇の手前まで潜り込んだ。嫌な気分。この感情を捨てるゴミ捨て場を、俺は知らない。
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