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となりどうし◇03
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木下が出て行って既に三ヶ月が経っていた。
彼がいたという痕跡も徐々に片付いて、記憶だけが彼の存在を証明させる。
また生活感のない、無駄に広いベッドで寝るだけの日々へと戻っていった。
「あれ?先輩、今日も彼女さんと食事ですか?アツアツっすね〜」
木下と一夜限りの本気の浮気を終えて、俺は彼女と頻繁に連絡をとるようになっていた。それが罪悪感からか、心にぽっかりと空いた寂しさからか、或いはそのどちらもか定かではない。彼女の美由も最初は驚いたように探りを入れてきたが、自分自身正解が分かっていないので曖昧な答えを繰り返していた。
ただ一つ、「浮気でもしちゃった?」という彼女の言葉には、何も返すことができなかった。
「別にそんなことないよ。きっとこれが普通なんだ」
そうだ。普通なんだ。そう脳裏で繰り返して、また彼女に連絡を入れた。
『今日は早く帰れそう。』
すぐに彼女からの返信が届いて、七時に駅前で集合することに決まった。
美由が、居酒屋で会ったあの男とまだ関係を持っているのかは知らない。もしかしたらあの男以外にも、美由には良い人がいるのかもしれない。
「先輩、ちょっと前までとだいぶ変わりましたよねぇ。正直、彼女さん以外に他に女がいるのかと思ってましたよ〜!」
情けなくも動揺して、一瞬動きが止まった。数秒後、どうして?と返す俺に何も知らない彼は笑う。
「だって弁当のときも夜のときも、彼女っすか?って聞いても否定されるから。はじめは照れ隠しかな〜って思ったんすけど、なんか話も噛み合わないし……他の女と同棲でもしてるのかと思いました」
「……そっか」
他所からも気づいてしまうほどに、俺は浮かれていたのか。到底、美由がするはずもないLOVEと書かれた弁当が、俺の記憶を掻き乱す。
「お前は特定の女はつくらないのか。またふらふらと遊び歩いて」
「いや〜、可愛い子がいればすぐにでも!どうっすか?今夜一緒に探しに行きません?」
「お前とプライベートで飲むのは一度きりで充分だよ」
「ひどいっ」
木下の手のひらの中で潰れた人生初のラブレターは、そういえばどこに消えてしまったのだろうか。
「さてと、今日は定時で帰るからな。お前もさっさと昼休憩終わらせて仕事に戻れ」
「はぁい。……あ、そういえば」
一度は背を向けた男が、再び振り返って俺を見る。
「最近は弁当じゃないんすね」
「前より仲良くなった気がするのに、不思議ですね」と悪気のない言葉が俺を嘲笑うようだった。
「……もう作らなくていいって、言ったんだ」
「そうっすか」
木下には会おうとすればいつでも会えた。
探すまでもなく、おそらく彼はまだあのコンビニで働いているのだろう。しばらく世間を知らずにいた彼を受け入れてくれた、彼にとって大切な職場なのだから。
それでも会おうとしなかったのは望んでいないと思ったからだ。
公園の冷たい風に当てられながら幸せになってねと木下が言った意味を。
好きだと、愛していると告げたときに木下が小さく頷いた意味を。
朝、俺の顔を見ずに朝食だけ用意して木下が出て行った意味を。
それらを考えたとき、わざわざ俺が会いに行っていいものではないと感じてしまったのだ。
さよならを言わずに確かな別れを告げた俺たちは、きっとどんなさよならよりも、永遠の別れを意味していた。
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