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手紙◇01
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決して泣きはしなかったけれど、泣き寝入るようにして布団へ潜っていた。感情が慌ただしく騒ぐのを実感していたからだ。
今朝、珍しく木下より先に目覚めた俺を眺めて、彼はぼんやりと呟いた。
「懐かしい夢を見たんだ」
左目を擦る彼の瞼が、微かに赤く腫れている。
きっと昨夜の涙を見ていなければ、その懐かしい夢とやらが幸せなものか不幸なものか気付かない。そんな、曖昧な笑みを見せていた。
「木下、俺、明日は帰りが遅いから」
「あっ、会議?」
「後輩と飲みに行ってくる。前から約束してたんだ」
本当は約束なんかしていなかった。
誰かと飲みに行くことは好きだが、酒の場でまで性癖を隠しながら愛想笑いはしたくない。
しかし恵太さんはこんな俺を受け入れながら、少しきつい口調で俺の人生を指摘する。だから楽だった。
嘘を吐いて遠慮をしながらでも後輩と酒を飲もうと思ったのは、彼の顔をみたくなかったからだ。恵太さんの店・アポロンに行っても、きっと木下の話題が出るだろう。
誰も彼を知らない。そんな人と、全て忘れて消えてしまいたかった。
「分かった。じゃあ、昼はおにぎりを用意しておくね。弁当箱じゃあ、邪魔になるでしょう」
そう言って彼が笑う。
ミサキさん、と呟いて涙を流した、彼が笑う。
会社に着くと、一階のロビーでうるさい後輩とばったり会った。
相変わらず朝から騒がしい彼は俺を見るなり大きく手を振り、いつもと変わらぬ下品な笑顔を見せて話しかけてきた。
「おはようございまぁす、先輩。昨日はお楽しみしましたか〜?」
「お前はそれしか脳がないのか」
軽く睨みため息を吐くと、面白おかしく二ヒヒと笑う。
「そういえば、明日の夜は空いてるか。酒でも飲みに行こう」
「えっ、俺が誘うときはいつも断るのに!でもいいっすよ〜!」
「じゃあ、明日は残業するなよ」
エレベーターで六階のボタンを押した彼が、だらしなく「はぁい」と呟く。
こんな背だけ伸びた中学生みたいな奴と仕事以外で関わりたくないと思っていたが、とうとうその日が来てしまった。
呆れか安堵か分からぬため息を漏らしながら、精一杯の営業スマイルで扉を開けた。
「おはようございます」
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