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愛した人◇07
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「き……木下を、抱いてしまった」
恵太さんの顔が見られなかった。怒っているかもしれないとか、驚いているかもしれないとか、そうじゃない。自分の中に、後ろめたさがあった。
「酒の勢いだった。あいつは許してくれたけど、俺が俺を許せない。どうやって償えばいいのか、そもそも男同士のそういう……そういう関係が、いまいちよく分からない。この先どうしたらいいのか、分からない。……俺は、どうしたらいい」
ひと思いに全て告げたはずだったのに、ちっともすっきりしなかった。
鉛みたいに重い言葉をひとつひとつ声に出して、やっと口から吐き出した言葉もすぐ目の前で沈んで俺を深い海に沈める。真っ暗な、海の闇に沈めてしまう。
「……分からないわ」
「なん、」
「どう償えばいいかなんて、アタシが簡単に答えられるわけないでしょう。同性愛者だったらみんな同じ答えになるとでも思ってるの?いやだわ〜、良ちゃんったら」
「そうじゃない、けど、」
じゃあどうしたらいいって言うんだ。
「裕くんに聞きなさいよ、そういうことは」
「でも本人になんて……」
「答えてくれると思うわよ、あの子なら」
本人に聞く勇気なんて俺にはない。そう頭を抱えると、自分とは違う影が落ちた。
ゆらゆらと揺れて、俺の横でぴたりと止まる。
「答えるよ。……もういいって言ったのにさ。心配性の日比谷くんに、答えてあげるよ」
「き、のした……ッ」
勢い良く頭を上げた俺を、少し困ったように眉を下げて見つめていた。
「なんでここに……」
「俺はちゃんと、恵太さんのところに行ってきますってメモに残したよ。まあ、日比谷も家に帰る前にここに来ただろうから、あまり意味がなかったけど」
なんで教えてくれなかったんだ、と恵太さんを軽く睨むと「聞かれなかったんだもの〜」とウインクされた。何がウインクだ。
木下は俺の横に腰掛けると、しばらく手遊びをしてから口を開いた。
「……日比谷がそんなに悩んでるだなんて知らなかった。俺にとったら、どうってことなかったから」
どうってことない、と言われたことに少しだけ胸を痛めた。何気なく心臓のあたりを掴んでも、手のひらの中にあるのはしわくちゃになったスーツだけ。
「日比谷、聞いたよね。なんであの日ゲイバーにいたのか、って」
「えっ。あ、ああ」
「日比谷は知らないっけ。俺、中学生のころ、男の先輩と付き合ってたんだよ」
あまりに唐突で、言葉を失った。
その驚いた顔が面白かったのだろう。木下は、ぷっ、と吹き出して続ける。
「ははっ、なんだか無関心だったもんね。転入生が来たって言うのに、日比谷だけ興味なさそうにしてたの覚えてる」
「……」
そんなことない。
俺はあの頃から、そしてきっと今も、この男に恋をしている。
「俺、部活にも入ってなかったから、先輩の名前や顔なんて知らなくて……」
「うん。……もともとゲイじゃなかったら、あんなことしないよ」
あんなこと。そう唇の裏で繰り返してみた。
「何も知らないくせに俺のことを好きだって言ったり、ゲイを気持ち悪いって言ったり。日比谷って馬鹿だ。でもその性格に救われた」
「救われた?」
「俺は自分が嫌いだった。同性愛者である自分が、どうしても好きになれなかった。……でも日比谷は違ったね。俺を、俺として見ていてくれた」
目尻いっぱいにしわをつくった木下が、はにかみながら俺に言う。
「だから、救われた」
あの日と何も変わっちゃいない。
俺が恋したあの笑顔で彼が言う。
「おっ……俺、責任とるから!ちゃんと、責任とるからっ!」
「えー、何それ。プロポーズ?」
「え?!いや、そうじゃなく……なく、ない、けど、」
「ははっ、日比谷へんなの」
恋が愛に変わるとき、人はきっと少しだけ幼くなる。
大人びた、覚悟のような愛じゃない。
それは無計画で衝動的な、愛だった。
愛してる。
そうどこからともなく込み上げてくる、なんとも馬鹿げた、愛だった。
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