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つまらないはなし◇01
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「木下」
ソファに腰掛けながら俺は、キッチンで背を向ける彼に声をかける。
ん?と軽く返事をした木下が、横目で俺を見た。
「明日のことだけど、ちゃんと行きたい場所決めたのか?準備とかもあるし、そろそろ教えて欲しいんだけど」
昼に食べた木下お手製の焼きそばが入っていた食器を片付けながら、嬉しそうに彼の口元が緩む。
「準備はそうだなぁ……特にいらないよ。散歩をするくらいの気持ちでいてくれればいいから」
「そう言われてもなあ」
不満げにソファの肘掛で頬杖を付いてみるが、気にも留めることなく再び水音が響き出した。細かい粒があちらこちらへ跳ねて力強く響き渡っている。そんな日常。
「……木下。明日、楽しみか」
「うん。すごく楽しみだよ」
楽しみだよ。そう言われることを期待していたし、言ってくれるだろうと確信もしていた。
木下との日常は変わらずに訪れて、それが例えば喧嘩をしていても、例えば告白をしてしまっても、例えば性行為を行ったとしてもーーもしかしたら明日には地球が滅亡すると偉い誰かが予言したとしても、この男との変わらない日常は続くのだろう。
俺はそれが心地良くもあり、また不満でもあった。
昨晩、恵太さんのお店・アポロンを二人で後にして帰宅した。彼はあれから俺が犯してしまった過ちに触れなかったし、責めもしなかった。ありがたく思いつつ未だに罪悪感に駆られている自分がいる。
俺にとったら、どうってことないと告げる彼の過去は、一体どれほどのものなのだろうか。
俺は木下裕也という男を知らない。彼を構成する全てを知り尽くすことが可能ならば、俺はまだ彼の爪先くらいしか情報を得られていないのだろう。
彼が、木下裕也が、俺の初恋の相手が、まさか同性愛者だなんて予想もしなかった。
俺の初恋だけが、おかしくて異常なことなんだと考えていた。
「そういえば日比谷、彼女さんとはどうなったの」
「え?」
「ほら、日比谷が酔っ払ってさ、彼女が送ってくれたじゃん。なんか、喧嘩してるみたいだったし心配でさ」
濡れた手をパタパタと乾かしながら、木下は空いているソファの隙間に腰掛けた。
夕方からいつものコンビニでアルバイトだという彼の準備は万端整っていて、服装や髪型はもちろん、小さなバッグは忘れないよう机の脇に置いてあった。
「仕事の昼休み中に連絡は入れた。謝ったし、ちゃんとお礼も言ったよ」
「日比谷は律儀だもんな」
「どういう意味だよ」
馬鹿にされているのかと思って軽く睨みながら彼の表情を伺った。しかし、間違ったみたいだ。
「彼女、悪い子じゃないと思うよ」
たまに木下がする、そのよく分からない表情が正直苦手だった。
困ったように眉を下げて笑うくせに、ずいぶんと真っ直ぐに言葉を言う。
「きのし、」
「バイト前に本屋に寄りたいから、もう行くね。夕飯は冷蔵庫の中に作り置きしてあるから、チンして食べて」
「あ、ああ。わかった」
彼女と話したのか、と聞きたかった。
でも聞くなと言われているような気がした。
「いってきまーす」
「いってらっしゃい」
バタンという重い音が響いた数秒後、やっぱり無理にでも聞けばよかったと少しだけ後悔した。
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