アダルトコンテンツが含まれます。
18歳以上ですか?
- 文字サイズ:
- 行間:
- 背景色:
-
確かなこと◇04
-
その晩、俺はもう一度木下を抱いた。
あの過ちと名付けた酒を飲みすぎた夜とは違い、ゆっくり、ゆっくりと彼を抱いた。
「木下……痛く、ないか?」
明かりのついていないこの部屋で、窓から覗く黄色く光る月明かりだけが彼の表情を探る頼りだった。
「だい、じょうぶ」
俺を抱き締めようと伸ばされた腕を受け止めるように身を屈めた。と同時に、俺も彼の背中を力一杯抱き締める。
か細く、弱々しい背中だった。
「木下……好きだ。好きだ」
彼と俺を離すコンマ数ミリでさえ憎たらしかった。子供のような体温も、微かに速い心拍数も感じているのに足りないと思う。彼の全てが欲しい。あの俺に負けないくらい、木下を愛していると証明したかった。
「はぁッ……あぁんっ」
「ん、木下……っ」
「ひ、びやッ……あ、んぅ」
すきだ、すきだ、すきだ、と……まるで壊れたラジオのように繰り返していた。
あの男が付けた傷たちは、いつになったら木下から立ち去るのだろう。
「ひ、びやっ……もっと、乱暴にしていいから」
「でも、」
あの男と同じことをしたくないと、あの男と同じことをしながら言おうとした。
「日比谷が……日比谷が欲しい。もっと、欲しい」
上擦った甘い声と、生臭い精液と、触れるたびにベタつく互いの汗とーー。
「あぁっ、ン……んぁ!」
「木下……木下、好きだっ!」
「ひび、やぁっ……そこ、そこ気持ちぃ……もっとっ」
木下が俺を力強く抱き締めるたび、彼のものが俺の腹に擦れていた。両方から聞こえてくるいやらしい音は、俺の頭をおかしくさせる。
「木下っ……俺、もう、」
「俺も、イキそう……っ」
「くっ……ン」
「んっ、ぁ……ぁあッ!」
しばらく肩での呼吸を続けながら折り重なるように倒れ込んだ。
俺の腹に木下が放った精液がべたりとついたけれど、あまり気にはならなかった。
「日比谷、気持ちよかった?」
「ああ。木下は?」
「気持ちよかった」
照れたようにはにかむ彼が、俺の髪に触れながら綺麗な歯を見せる。
「……木下、好きだ。俺はまだ、木下のことが好きだ。愛してる」
少しだけ困ったように眉を下げた木下が、「うん」と短い返事をした。
俺たちはまた眠りにつく。
昼間残した弁当の匂いが充満するこの部屋で。
朝、不思議と自力で目が覚めた。
肌寒さを感じるようになったこの季節、油断をしていると風邪を引く。
首元に手を伸ばすと、しっかりとパジャマを着ていた。昨晩、木下が着せてくれたのだろう。
「木下……?トイレにでも行ってるのか」
コポポと音を立てるコーヒーの香りと、朝食のパン、ハムエッグの匂いにつられて体を起こした。
綺麗に並べられているそれらはどこか礼儀正しくて、少しだけおかしかった。
目覚めのコーヒーに手を伸ばすと、手のひらに何かが触れてチャリンという甲高い音を響かせてフローリングへ落ちた。
「え」
鍵だった。
それは木下が初めてこの部屋に訪れたとき、俺が残していった合鍵だった。
「……きの、した?」
朝、目覚めると彼の姿は消えていた。
ただ虚しく残っていたのは、何も変わらない朝食と、彼が書いた〝さよなら〟の文字だけだった。
現在の設定
文字サイズ
行間
背景色
×
43 / 46