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アドバンテージ
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大学に入ったばかりの頃、何の気なしに友人を先輩に紹介した。そのすべてに、特に深い意味なんてない。いつの間にか二人は付き合いを始め、肉体関係を持ち、気づいた時には誰も間に入り込みようがなく、神崎を絶望させたのだ。
秋月のことが好きだった。ずっと、ずっと。
『でも、二度目はないよ。僕はもう、ヒロオとはしない。親友だから。セックスフレンドになってほしいわけじゃなくて、代わりは誰もいない。特別で、大事な人だから』
控えめな食欲でヨーグルトを口に運びながら、きっぱりと断言した長年の親友を思い出す。自分の腕の中で、嬌声をあげながら艶やかな反応を示していた人物と、同じとは思えない。
『これからも、一緒にいてほしいの…。僕を見てて。……あ、別にその、そういう意味じゃなくて!ヒロオには、幸せになってもらいたいから!…友達でいさせて』
『……わかってるよ、文久。俺の他に誰が、お前のしょうもないチンコ談議を聞いてやれるんだよ。ずっと、見守っててやるから』
絞り出した返事がベストだったのかどうかは、わからない。けれど、そう答えるしかなかった。
いつか、志賀に最悪な質問をされたことがある。
『なあ、神崎。お前、ずっと一緒にいられるけど、文久に告白できないまま一生過ごすのと……。文久とセックスできるけど、振られるの。どっちがいい?』
「はぁ……」
あの時は、無言になってしまった。牽制というよりよくもまあ嫌がらせの限りを尽くした言葉ばかり、次々と出てくるものだ。思い出すにも、不快なやり取りが多すぎる。
複雑な気持ちを抱えながら神崎が今から向かうのは、まさにその宿敵である、志賀のマンションの一室だ。秋月と志賀が別れてからも、ごくたまに、短いやり取りを交わすことはあったのだ。絶縁するより、何かしらの繋がりを持っていた方が……大事な人を守れると思っていた。
「やあ、神崎。元気そうだね」
「………志賀さん」
冷たく笑う志賀の表情は随分と久しぶりだったが、昔と変わらないような気がする。こうして会うのは、大学時代以来だ。
色んな感情が湧き上がってくる。それでも、用事があると家までわざわざ押しかけたのは、神崎の方なのだ。断られなかったが、歓迎されているわけではない。
家主は客をもてなす気など始めからないらしく、お互いの間を気まずい空気だけが支配している。
「わざわざ来て、一体何の話?お前と仲良く話すことなんか思いつかないね」
どこかの店でなく、志賀の家まで押しかけたのには理由がある。文久のことで、冷静に話をする自信は皆無だ。声を荒げて周囲に訝しく見られるより、密室の方が都合がいい。
秋月の為なんて嘘じゃない。自分が嫌だから、不快だから、耐えられないから、どうしても黙っていられなかった。
きっと秋月は、志賀に会いに来るだろう。その性格はよくわかっている。何かを決めたら、必ず自分に正直に行動する男なのだ。もちろんその結果は、いつも良いものばかりではない。
「言いたいことがあっただけだ。文久に近づくなって」
一瞬、馬鹿にされたような間を感じた。
「また俺に、大好きな親友を寝取られるのが嫌なの?
あの時辛かったもんねぇ。わかるよ、その気持ち。ただ見てるだけで、何もできないって」
ぎり、と唇を噛む。僅かな優越を感じながら、
「今はただ、見てるだけじゃない」
含みを持たせるように告げた。志賀の双眸が、一瞬で鋭く剣呑なものに変わるのを受けとめて、神崎はまっすぐに睨み返す。
「…へえ?それって文久とやりましたってこと?馬鹿だねえ、神崎は。あいつはそんなこと望んでいない。お前にはずっと、健全な友達のままでいてほしかったはずだ。……俺に自慢したくなったの?俺が羨ましがるとでも?」
「………」
図星だった。秋月をどんなに快楽でねじ伏せても、お互いの関係に、悲しいほどの変化は見られない。その事実は神崎に、喜びと失望を同じくらい与える。
「死ぬほど夢見た親友とのセックスはどうだったぁ?さぞかし気持ち良かったんだろうね。…清い友情が、お前のアドバンテージだったのに。それじゃ、俺たちと何も変わらない」
淡々となじられる言葉に、虫唾が走る。
「一緒にするな!……あんたなんかに、文久を触らせるんじゃなかった」
「親友のお許しが出ないと恋もできない?馬鹿言えよ。本音も言えない臆病者に、俺を責める権利はないね。部外者」
部外者。関係ない。邪魔者。何度も志賀にそう言われ、その事実が悔しくて、そばにいること以外、結局何も出来なかった。
「志賀さん……」
「本当に大切なら、文久を守り通せば良かった!お前の好きは、俺の好きにも文久の好きにも届かない、ただの安全な友情だったんだよ」
言い返すことが出来ない。実際のところ、友情を続けるということのみが、神崎の選んだ唯一の選択肢だったのだから。
「………」
「…神崎。俺は、お前が大嫌いだ。当然だろ?いつも文久のそばにいて、ヘラヘラ笑って、頼りにされて。優しくてあたたかい親友。心の底では薄汚い情欲を浮かべて、何もできない弱虫なのに。邪魔でしかない。ずっと、消えてほしかった」
「俺だって、あんたのことなんか…!俺が、志賀さんに文久を紹介したせいで、文久が……」
もし、二人をつなぐことがなかったら?もしかしたら、もっと素直に、この恋を打ち明けられていたかもしれない。そんな消えない後悔は、長年神崎を苛み続け、今も解決方法のない想いを蓄積していくだけだ。
「そうしたら、お前が一生一線を超えることもなかったけど?むしろ感謝してほしいね。先輩ありがとうございます、ごちそうさまでした……っ」
「ふざけるなよ!!」
「反吐が出るんだよなぁ、お前の……そういうところがさ。時が止まってるんじゃないか?俺も文久も、もうあの頃とは違うのに。お前はわかってないんだよ。いつまでも、グダグダ同じことを後悔して、一生そうやって無駄に過ごしていればいい」
つかみかかってくる後輩をはねのけて、志賀は吐き捨てるように続ける。強かに打った頭を抑えて、神崎は冷たい床にしゃがみ込んだ。間髪入れずに蹴られて、転がる。見下ろす視線から、まるで突き刺すような憎悪を感じた。
「くそっ…!!」
「文久が何て言ったか、当ててやろうか?もっと早く言ってくれたら、付き合ったかもしれないのに。……どうだ?文久の言いそうなことだ。ちゃんと告白できてたら、三回くらいはお試しでセックス出来たかもな?でも、残念。お前じゃ満足出来ない男だ。
あいつに、お前の気持ちなんてわからない。そういう奴なんだよ。知ってるだろ!」
「………」
相手にされてこなかったことなんて、知っている。わかっていて、だからこそ……。
「お前は夢を見過ぎなんだよ。文久にとってセックスなんて、本当に大したことじゃない。俺は、あいつの特別になりたかった。でも無理だった。他の男と変わらない。お前も同じだ……。
それに気づいたら、片思いしてるみたいで馬鹿らしくて、辛くて、そばにいることなんか出来なかった」
その言葉こそ、親友がずっと知りたかった志賀の気持ちではないのか。それを聞きたくて、聞けなくて、長い間昔の幻影に囚われている。
被害妄想も甚だしい。そんな風に仕掛けたのは、自分の恋人が他の男と寝るように指示したのは、志賀自身だというのに。ただ大事にして、愛してやれば、秋月の笑顔が曇ることにはならなかった。
「……夢なんか見てない。俺は昔から、文久の性格を知っているし」
「はっ。俺の方がよっぽどわかってるさ。魔性の男だってね。
やっと、忘れられてきたところだったのに…。顔を見て、言葉をかわしたら、……俺は、他のことなんか全部どうでもよくなってしまった。好きだったような気がしていた婚約者も、この想いに比べたらカスみたいなもんだったし、気づいてしまったら駄目だ…。…もう目の前にいない別れた男に焦がれるなんて、不毛だよ。馬鹿馬鹿しい」
二人が別れてから、志賀がどんな時間をたどってきたのか神崎は知らない。特に興味もない。ただ、滲むような辛さは十分に感じ取ることができてしまった。
「あんたは……」
「会いたいよ、文久。俺もあの頃とは違う。今度こそ、優しくできる。愛してる…。どうせお前は、そのままを親友に伝えることはできないだろう?
文久が好きだ。変わらないどころか、昔より、今の方がずっと。だから俺は、神崎が嫌いなんだ。……これ以上、もう、何も話すことはない」
人の想いというものは、比較できるものなのだろうか。
神崎は茫然と、伝える相手を間違えている告白を聞きながら、自分は本当に、心の底から馬鹿だと思った。勝てるとは始めから考えていなかったけれど、志賀の愛は表現方法こそ失敗だったかもしれないが、第三者である神崎が、息をのむほど真剣なものだった。どうしてまた、
「志賀さん……。文久が、あんたに会いたがってる」
黙っておけばいいのに。そんな二人を取り持つようなこと、しなくたっていいのに。
虚をつかれ、その言葉の意味を捉えようとして……濡れていく瞼から、神崎は視線をそらした。
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