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醒めない夢
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ふと目を開けると、夢の中ではなく現実に想い人がいる。志賀はその光景を注意深く見つめ、笑いかけた。
「ふみ、」
「すぅ……」
「……寝顔なんて、いつぶりかな」
付き合っていた頃の話だ。不安にさせてばかりだったせいか秋月の寝つきが悪く、神崎に詰め寄られたことがある。
『ちゃんと寝てるのか?文久は…。頼むから、無理をさせないでくれ。見てられない。一緒にいるなら、大事に……好きなら、態度で表現してやってくれ』
神崎は甘い。嫌いな男にそんな懇願をされ、事態が好転すると考える方がおかしい。いつも親友の気持ちが第一で、自分が二の次。会わせたくないから恋敵のところまで話しに来たくせに、連絡先を教えて帰るような始末だ。秋月が望んでいるから。その行動は……甘いではなく、馬鹿の間違いだ。
「れ…じ……」
あの頃の夢でも見ているのだろうか。短い時間ではあったが、確かにここで、一緒に暮らしていた。
「変わってないよ、お前は。昔から……。弱かったのは、俺の方だ」
素直な気持ちを吐露しながら、志賀は自嘲するように唇を歪める。我ながら、情けなくて悶えそうになる青春時代。ある意味では戻りたいけれど、絶対に戻りたくはない。ただ、若かった。
「んん……」
「何度壊そうとしても、無駄だった。見た目がそんな綺麗なのに、強いとか、何なんだよ。ほんと敵わない……。これからも、一度も勝てそうにない」
「……ん……」
「狸寝入りどころか、起きないもんな。図太い神経してるんだよ。…俺と一緒には行かないって、ツンツンしてたくせに。文久……」
聞こえていないからこそ、告げられる想いがある。あの頃は、口にしたら負けるような気がして、どうしても言えない言葉ばかり積もっていった。もっと沢山、二人で話をすればよかった。くだらない冗談や、真面目な、色んな話を。
「ぁ……。僕、うとうとして……。令治?起きたの?」
あまりにも自然な反応に、志賀は内心狼狽える。空白の時間も遠かった距離も、そちらが夢であったかのように、ああ―――妄想ではないのだ。信じられない。
「おはよう、文久。もう目が覚めたから、帰っていいよ。
いてくれてありがとう。おかげでもう、体調も問題ない」
このままでは、誤解してしまいそうだ。もう、自分のものではないのに。不自然に思われないよう、慎重に言葉を選ぶ。秋月にもまた、帰りたい理由があった。
「……そう?じゃあ、また来るね。令治も疲れてるみたいだし」
秋月は、つられてうたたねしている間、夢を見ていた。付き合い始めた頃の、志賀とのセックス。妙な気分にならないよう、一刻も早く帰りたかった。席を立つ秋月に、思わず志賀は手を伸ばす。
「どうしたの?」
「文久」
聞き逃せなかった。志賀の反応に訳がわからない、といった様子で首を傾げる仕草が可愛い。秋月は自分の言葉の破壊力を、理解していないから困る。
「また俺と会うって?正気で言ってるのか?」
「……令治さぁ、話聞いてた?あれだけ僕が真剣に話してたのに。ま、病人だもんね。僕に拒絶されるのは嫌なんでしょ。恋人には戻らないけど、また会うことはできるから」
「信じられない……」
目が醒めたと思ったけれど、醒めない夢を見ているのかもしれない。目の前に秋月がいて、また会うと笑っている。
「信じてなんて言わないから、好きにすれば。また来るけど」
「言葉を選べよ、文久」
惚れ直すぞ、と心の中だけで続ける志賀に、呆れたような視線が向けられた。ああ、この顔も好きだった。そんな日々を思い出す。くだらない冗談を言うたびに、表情がころころと変わる。
「…令治はただ、僕に文句を言いたいだけなんじゃないの?大体僕の返事なんて、令治とのやりとりで築き上げられたようなものなんだから」
「わかった。もういい、降参だ。帰ってくれ。文久と、こんなに話ができるなんて。明日、世界が終わるんじゃないか。頭がおかしくなりそうだ」
「……もう、なってるみたいだね。お大事に」
肩をすくめて素っ気なく、秋月は部屋を後にする。ドアを閉め、エレベーターを降り、マンションのエントランスまでやってきて……よろよろと、壁に寄りかかった。
「はぁ……」
(無事に帰れた。良かった。緊張してたみたいだ……)
(出会ったばかりの頃を思い出す、僕が好きになった令治だった。…僕がきっと、令治を変えてしまっていたんだ。そういうことが、全然、長い間……わからなかった)
(僕のせいで、)
とっさに首を横に振り、おまじないのように後藤のことを思い浮かべる。
(後藤くんが好きだ。逢いたい…。今すぐぎゅってしてほしい)
「っ……」
後藤を想うだけで、胸がいっぱいになる。年齢より大人びた佇まいに、若さを感じるまっすぐな愛情。優しく甘く秋月を腑抜けにさせる全てが、本当に好きだった。
(後藤くんに、抱かれたい)
「…ぁっ……も…」
自身の欲望を感じ、身体のスイッチが一瞬で切り替わる。低く紡がれる後藤の愛の言葉。汗ばんだ肌。思い出してしまう、いつもどうやって夢中にさせられているのか。
(冗談…。ここから帰るまで、何分……かかるかわかってるの?!電車にも乗らなきゃいけないのに。もうやだ…)
「うぅ……っ」
自らの腕を抱き、よろよろと歩き出す秋月。その背中を、京介は眉をひそめながら眺めていた。
「…秋月先生……どうして、」
見間違えられるはずもない。自分の目的地からやって来たのではないのか、志賀のところから?だとしたら、どういうことなのか。
彼までの距離はあと僅かだというのに、今はとても遠く感じられた。
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