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「おはようございます。秋月先生」
朝一番に声をかけてくる遠野に、秋月は軽く頭を下げる。心情的にはもう関わりたくないところだが、そうも言っていられない。
「おはようございます、遠野先生。こちらお返しします。ありがとうございました」
図らずも事務的な仕草になってしまった。さっさと済ませたい。そんな秋月の感情は、遠野にもお見通しなのだろう。
「どういたしまし……あ、待って。そんなすぐ逃げないで。話がしたいな」
思いの他強い力で腕を取られて、表情が強張る。
「………は、離してください」
「警戒されてるなぁ…。秋月先生って、見かけによらず案外気が強いですよね。ギャップ萌えだなぁ」
「わざと怒らせようとしてます?遠野先生」
煽られているとしか思えない。低い声で尋ねる秋月に、遠野は参ったように頭をかく。
「いえ、まさか。悪気はないんですけど、俺、こういう性格で……。
あなたに嫌われたくなくて、今まで話しかけられなかったのもあるし」
「すごく返事に困るんですけど」
正直なところ、好感度は凄い勢いで落ちていく一方だ。そんな秋月を気にもとめず、遠野は声を張りあげる。
「俺、秋月先生と仲良くなりたいんです。…で、考えました。親交を深めましょう!飲みに行きましょう!!」
言われた意味を理解するのに、しばらく時間がかかってしまった。その誘いの返事なら、申し訳ないが考えるまでもなく決まっている。
「いえ。僕は」
「そんな嬉しそうな顔しないで下さい!二人きりなんて贅沢は言いません。
柴木と長谷川先生も誘って、了承を得ています」
簡潔に迷いなく答える秋月に、すらすらと遠野は続けるのだ。
「は、早っ?!どうして長谷川先生まで……」
「その方が、あなたが安心して参加できるだろうと思って。だって、長谷川先生とは…」
曖昧に言葉を濁す遠野なりに、気を遣っているつもりなのだろう。
「ああ、それ以上何も言わなくていいです!
わかりました。……参加、しますから。僕も」
柴木はともかく、長谷川まで同席するとなると話がややこしくなるような気がしたが、秋月は考えることを放棄した。遠野の作戦勝ちだ。…面倒くさくなってしまったのだ。
秋月が合意すると、嬉しそうに笑顔を浮かべる遠野は、絶対来てくださいねと念を押し、スキップでも始めそうな上機嫌で教室へと向かっていった。
***
飲み会の店は見覚えがあるどころか、秋月にとっては忘れようもない---行きたい気持ちをいつも堪えている、後藤のバイト先である。
「……どうして、この店なんですか?」
「長谷川先生の希望です」
それ以外にないと思ったが、案の定。
「長谷川先生」
睨まれた当人は、悪びれずにっこりと笑った。
「この店で飲むと、秋月先生が可愛くなるからですよ」
「そういえば、先生はそういう悪趣味な人でしたね。もう、勘弁して下さいよ」
小さい声で文句を言いながら店に入ると、出迎えてくれたのは大好きな恋人だった。今日も、バイトの制服が似合っている。こんなに格好良かったら、モテるんじゃないだろうか。そんなことが頭を過ぎっていく。
「いらっしゃいませ。今日はまた…いや、どうぞごゆっくり。……秋月先生、酒弱いんだから気をつけてね」
こそっとそんな忠告をされ、照れてしまった。
「秋月、お前飲む前から顔が赤くなってないか?酔うにはまだ早いぞ」
「もう、シバちゃんうるさい。ほっといて。照明でそう見えるだけだし。赤くなんか…」
指摘されると意識して、ますます頰が火照るような気がする。ずっと、後藤の働く姿を眺めていたい。
「…可愛い人。俺がこの店にするわけですよ。
秋月先生?耳が赤くなってます」
笑いながら、からかうのはやめてほしい。後藤と別れて自分を選べと言いながら、後藤への想いを逐一観察されるのは気持ちが悪い。
「長谷川先生!……本当にそういうの、やめて頂けないですか」
語気を強めて懇願する秋月に、反応したのは何故か遠野の方だった。
「……やっぱり、秋月先生って学校とイメージ違うなぁ。可愛いなぁ」
「何言ってんだよ、遠野」
柴木が引き気味にツッコミを入れる。
「俺、秋月先生とずっと仲良くなりたかったんだって。前から言ってるだろ?こうやって、一緒に飲めるなんて嬉しいなぁ」
「確認ですが、…遠野先生は、確か結婚なさってますよね?」
牽制するように質問する長谷川に、遠野は笑った。遠野はよく笑う男だが、色んな意味の笑顔があるようで、秋月には薄気味悪く感じてしまう。
「そうですね、長谷川先生。それが何か?」
「いえ…。まるで、秋月先生狙いみたいな言い方をなさるので、ちょっと気になっただけです」
「気になるっていうのは、長谷川先生も秋月先生を狙っているから、ライバルって意味でしょうか?」
(何この会話?シバちゃんも困ってるし)
「あの、会話の方向性がおかしいですよね?やめて下さい…。これ以上続けるつもりなら、僕は帰ります」
「すみません。まだ帰らないで下さい、秋月先生。本題があるんです。……俺、今日はみなさんに相談したいことがあって」
「相談?なんだよ。遠野、俺はそんなこと聞いてないぞ」
秋月のことばかりだからな、お前。さりげなく爆弾発言を落としながら、柴木が心配そうに遠野を見やる。真剣な面持ちで視線を落とし、遠野はぽつりと呟いた。
「実はうち、嫁と……上手くいってなくて」
「倦怠期ってやつか?夫婦喧嘩?」
柴木の問いかけに首を横に振り、言いにくそうにつなげた言葉は、思いつめた末に出てくるようなものだった。
「そうじゃなくて……。最近ずっと、してなくて…レスでさ。セックスレスで、悩んでて……」
(あ……!)
「どうしたら、いいかなって」
遠野は、ずっと悩んでいたのだろうか。それだけで腑に落ちるかといえば、否。取られていた態度は到底、秋月にとって納得のできるものではないが。
(それで…?どうすれば気持ち良くなれるかなんて、僕に聞いたっていうの……)
「遠野先生から、誘えばいいじゃないですか?」
簡単なことのように、長谷川が提案する。
「そんな、それができれば悩んでないです。どうやって…長谷川先生……」
「こんな風にです」
「っ…!長谷川先生!!」
完全に、不意をつかれた。考え事をしていたせいだ。
「こうやって、引き寄せて…」
わざと見せつけるようなタイミングで、身体を引き寄せられる。唇が迫ってくるのを顔を背けて避けたところで、料理を運んできた後藤と視線がかちあう。
「刺身盛合せ!お待たせしました!!」
「…っ!後藤く…」
「何やってんだよ、長谷川先生。離れろよ。秋月先生に気安く触るな。うちに何しに来てんだよ」
「あ……」
「大丈夫?秋月先生…」
皿の上、綺麗に盛り付けられた刺身は無事だったようだ。覗き込まれた後藤の視線が驚くほど冷静で、見惚れてドキドキしてしまう。
「う、うん。びっくりしただけだから。……長谷川先生、本気で怒りますよ」
「すみません、許して下さい。あなたに嫌われたくないです。…遠野先生の、参考になればと思って」
申し訳なさそうに謝罪する長谷川の、心の内まで読みとることは難しい。いつも際どい振る舞いで、立場の違いを見せつけてくる恋敵に、後藤は溜息を殺した。
絶対にわざとだった。大人気なさに腹が立つが、秋月と付き合っているのは自分なのだ。
「……秋月先生。気をつけて」
言いたいことを飲み込んで、言葉少なに後藤は席を離れた。
柴木は、この関係に薄々勘づいている。遠野にまで、余計な情報を与えるのは得策ではない。それがわかっていて嫌がらせしてくるのだから、長谷川は本当にいい性格をしている。
「う、うん」
「秋月先生は、生徒にも慕われてるんですね。先生のこと守りたい、って感じでかっこよかったなぁ。一年の後藤ですよね」
「……あ…。は、はい……」
(見られた…。恥ずかしい。いや、今はとにかく落ちつかないと。後藤くんにドキドキして、顔が赤く……)
「ま、生徒に慕われてるといえば、この俺…シバちゃんも負けてないぞ?日頃の行いだな!しっかり励めよ、遠野」
「そうかぁ?ま、柴木のことはおいといて…話を元に戻すわ。
みなさんは……その…こんなこと、聞いていいのかわかんないけど。一番最近セックスしたの、いつ……ですか?」
「俺は、正月ですね」
しれっと答える長谷川に、秋月は思わず飲んでいたビールを吹き出しそうになる。
(それって、初詣の後の。僕が相手じゃない……)
「俺は最近、プロとしかしてないな…。いつだったかな。忘れたわ」
「え、あの……僕は、そんな…。恥ずかしいし、そこまでオープンには」
(昨日ヤリましたなんて言えないよ!)
「そこまで恥ずかしがるなんて、怪しいな、秋月……。ヤッてんのか?ヤッてないのか?まさか童」
「秋月先生は童貞ではないですし、セックスしますよ」
「「………」」
長谷川が飲み会に参加すると、話がややこしくなる。その予感は、まさに的中してしまった。
「あ、あの。長谷川先生、代わりに答えなくていいです。妙な誤解が生じるので」
「そんなに照れないで下さい、秋月先生」
「長谷川先生、酔ってますよね?」
ほとんど表情には出ていないが、態度でわかるほどには付き合いも深い。
(いっそ、もう何も喋らないでほしい!)
「はぁ…。やっぱ秋月先生、いいよなぁ。その色気……。俺、どうしたらセックスできると思いますか?」
「え?!あ、さ、誘えばいいじゃないですか…。セックスしたい…って……」
長谷川と遠野のやり取りに段々と、取り繕うのが馬鹿らしく、素が出てしまった。そんなに難しく考えることではない、シンプルに。好きなものは好き、欲しいものは欲しい、だから悩ましい…。気持ちに嘘はつけないから。
手に入れているのにもっと欲しくて、どこまでも満足が出来なくて、自分を抑えるしかなくなる。
「!……なるほど。もう一度、言ってもらえますか?参考にしたいので」
「セ、…セックスしたい……」
秋月はまるで自身の欲求を暴露しているような気になり、いたたまれなくなる。どれだけこの底なしの欲望から抜け出せないでいるかなんて、日頃から、嫌というほど自覚しているのだから。
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