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間違いのない選択
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「ほんとは、先生とセックスがしたいの?」
淫らに濡れた唇が、誘うような問いを投げかけてくる。下半身が素直に反応して、京介は自分でも動揺した。
「そんなわけない!俺が好きなのは…令治くんだし」
まるで説得力のない弁明。
「恋愛感情と性欲って別物だから。同じなら、僕もよかったけど」
秋月は自嘲し、自分の身体を隠すように乱れた服装を整える。本音が隠されていくようで、京介はどこか残念な気持ちを抱きながら、その仕草を眺めていた。
「……俺は…」
したい。秋月とセックスしたい。目の前の美味しそうな肢体に、飛びつきたい。やりたい…。
秋月が欲しい。
そんな想いが溢れそうになり、言葉に詰まる。今まで積み重ねてきたことが、無駄になってしまう。言いたくなかった。そんなこと、絶対にプライドが許さない。
「あはは。やらないけどね?僕とやったら、志賀くん…。令治に絶縁されちゃうでしょ」
悪戯っぽく、秋月は事実を告げる。志賀のことを誰よりわかっているのは秋月だろうが、その反応は京介にも予想できるものだ。
「………」
やられた、と京介は思った。自分への情欲をしっかりと自覚させた上で、意地の悪い質問。低く笑う秋月は、普段の学校生活では見たことのない表情ばかり。
やがて、秋月の目から笑みが消えた。
「でも、志賀くんは調子に乗りすぎちゃったね」
媚薬や遠野まで使って嫌がらせするなんて、自分のタイプならまだしも……。そもそも、怪我になりそうなあれこれだって、やり過ぎだ。
(僕だって他人にムカつくし、怒りを感じてる。このまま、なあなあで話を終わらせる気はない)
「今から言うことは、ちゃんと聞いてほしいんだけど。もし、他の誰かに僕のことを話したら……」
「……話したら、何?」
「僕は令治と、この街から消える。君の人生から、令治を奪うしもう返さない」
信じられない様子で大きく見開かれた目に、少しだけスッとした気分になる。
ストレス解消にはあまりにも悪趣味な内容だが、秋月が提案すれば、志賀はその手を取るだろう。京介にも、それはわかっているはずだ。
「な……」
「嫌なら、二度とこんなことはしないで。今の言葉は本気だから」
「……あんた、恋人がいるのに…そんな、」
できるわけない。ただのハッタリ……そう責めようとした京介に、
「僕にはもったいない人だから。いいんだ」
秋月は何もかもを諦めたように、静かに首を振る。本気なのだ……京介は、拳をギュッと握りしめた。冗談じゃない!
元恋人のお願いとあらば、叔父は喜んで自分の前から姿を消すだろう。それで、ようやく長年の想いが成就するのならば尚更。
「……めちゃくちゃな先生だね。どうして、こんな奴のどこがいいんだ。令治くんも、」
後藤も。
「そうだね。こんな、……ただの、どうしようもない人間なのにね。でもそんな男でも好かれたり、欲しくなったりする…。人の好みはそれぞれだから」
淡々と客観的に自分を評しながら、秋月はどこか憂鬱そうに眉間にしわを寄せた。
「………」
「ねぇ、そんなことより、……お願いはわかってくれたかな?ちゃんと約束…守ってくれるのかなぁ」
京介は、断ることのできない選択を迫られていた。
見たことのないような鋭い表情を向けた秋月は、覚悟を決めた人間の眼をしている。こんな顔もするのだ、さっきまであんなにグズグズに蕩けていた男が。
「………」
「何を失いたくないのか、君は先生みたいに馬鹿じゃないから……。間違えないように選択をしないとね?」
「……わかったよ」
これは脅しだ。開けてはいけない、パンドラの箱を開けてしまった。開ける前にはもう戻れない、無かったことにはできないのに。
「わかった?何が?説明してもらってもいい?」
京介の理解を求める秋月は、狂気を含んだ人間なのだ……。知らなかった。生徒に舐められるのを気にするくらい優しくて、綺麗で、いやらしくて…それだけじゃなかった。
「もう、あんたにちょっかいは出さない。秋月先生、マジでイカれてる。俺は令治くんを失いたくないし、新しく友達になれそうな奴の泣くところも見たくない。……想像の範囲を超えてる」
どこか線が切れている。日頃そんなことは微塵も感じさせないような綺麗な柔和さに、淫らで深い闇を隠している……。
「それはよかった。今の言葉忘れないでね。約束を破ったら、僕は君を許さない。君が一番何で傷つくのかわかってる。ためらわないよ、僕はね」
京介は、自分の身の振り方を省みて後悔した。見通しが甘かった。傷つけて、泣かせて、許しを乞わせて……勝利するのは自分だったはずだ。
こんなに傷つけたのに、何故ここまで強気でいられるのか。一番大切なカードを、人質に取られてしまった。
「これからは君と、仲良くなれるといいな。先生と、生徒として。節度を保った距離感でね」
関わるなと、暗に強要しているのだ。駆け引きと修羅場の場数では、秋月に到底叶いそうもない。
「謝らせなくていいの、俺に」
「謝ってもらっても、もう、許せそうにないから。僕にも感情があって、怒ったり、悲しくなったりするんだよね。
どうしても許せないことを、無理に自分に強いるつもりもない。僕は我慢強くなんてないし?君にわかってもらおうとも思わない」
秋月の怒りは相当なもののようで、京介はうなだれる。
「……ごめん」
「令治と何かあったんでしょ?それで僕に八つ当たりした……そんなところかな。令治との仲を取りもってあげるよ。これは貸しね」
「なんで、そんなことまで……」
全部バレてしまっている自分が、恥ずかしい。
「これは令治のため。令治なりに君のこと、大事にしてるんだよ。僕も僕なりに、令治のこと……心配しているから」
京介のためではなく、志賀のために。明確に距離を取りながら、秋月はそんな風に答える。
誰にも理解されなくたってかまわない。
酷い仕打ちをされ……想いが報われなくても、届かなくてもただ、かつて秋月は志賀を愛していた。
今では昔と同じ気持ちを抱くことはできないが、幸せになってほしいと願っているし、これくらいのことならできる。
お互いのために別れて、再会した。前を向いて歩き、進んでいくために。
「それじゃ、……僕も行くね」
京介のことは、ようやく決着をつけられた。出すはずのない切り札は役に立ち、それだけでも、平和な今後の学校生活において志賀との繋がりは意味があった。
「……あ、待って!今後藤から…どこにいるんだって連絡が来てるけど」
(後藤くん……)
親しげに後藤の名を呼ぶ京介に、心が引っかかりを覚える。
本当は。自分だって、かわいい頼れる恋人を独り占めしていたい。どれだけ魅力的な男か、誰よりも知っている……。
(後藤くんのことだけをずっと、考えていられたらいいのに。それだけで、いいのに…)
「屋上に来て。そう伝えてくれるかな」
恋に浮かれる少女のような願望に苛まれ、秋月はそっと溜息をつくのだった。
***
屋上の風が、苛立った頭を冷やしていく。秋月は気持ちを切り替えたくて、煙草を咥えた。
「先生が煙草吸ってんの、久しぶりに見たな」
少しだけ吸うつもりで、後藤がこんなに早く屋上に上がってくるとは思わなかったのだ。
「後藤くん!」
「いいよ、そのままで。見たい」
後藤に見られている。そう感じるだけで頬がうっすらと赤く染まり、秋月は落ち着かない気持ちで視線を伏せた。
数時間ぶりに顔を合わせるたび、かっこよくてドキドキする。
「……後藤くんは、僕のこと全部見てるじゃない。まだ見たいことなんかあるの」
「そう?全然飽きないし、ずっと見てく。これからも。だから、見せて」
「………」
(もう……ほんとに…さらっとそんなことばっかり言ってくれちゃって)
赤くなるのを堪えようとして、変な表情になってしまう。
「そんな困った顔しないでよ。見ててね、って言うところだろ?」
「……っ……」
自分の身に起こったことを思い出し、秋月は泣きたくなった。やられたことが辛かったわけじゃない。
(ほんとに…どうでもいい。あんなこと)
こんなに大切で愛している人がいるのに、何よりも失いたくないと自覚しているのに、自分に嘘をついて、この街から消えるだなんてよく言えたものだ。
京介をどうしても諦めさせたくてあんなことを言ったが、後藤の想いを全く無視した行為だった。たまたま、作戦が上手くいったからよかったものの……。
「ごめんなさい。…僕……」
「何も心配しなくていいよ、秋月先生。オレはすぐ卒業して大人になるし、ずっと先生のことを離さない。嫌って言ったって、嘘なのはわかってる。あなたは嘘つきなのも知ってる。オレのことを、愛してることも」
「やめて。ここで、抱きしめられないから……」
「線があるなら超える。何度線を引かれても、オレは……先生のところに行く」
涙に気づいた時にはもう遅く、ぽたぽたと足元に流れ落ちていく。
気持ちを伝えられるたびに、胸がいっぱいになって、嬉しくて、どうしていいかわからなくなる。
「後藤くんのことが好き」
自分の想いを止められそうにない。離れるなんて、無理に決まっている。どうしようもないくらい、心が後藤で占められている。
「知ってるよ。大丈夫」
「ほんとに、大好きなの……」
告白しながら嗚咽を漏らし始めた恋人に、後藤は苦笑してゆっくりと手を伸ばした。
「秋月先生のことが大事だ。さっき、志賀と……一緒にいるって聞いて、見つからなくて……すごく、心配した。オレの勘違いなら、それでいい。先生のことは、必ず探し出すから。いつでも」
「……後藤くん…。好き……」
「愛してるよ」
その愛に、本当は自分のすべてで応えたい。もっと強くなりたい、受けとめられる自分になりたい。
(大好き……)
一年も経たない間に、ひそかに幾度、心の中で愛を捧げただろうか?これからもずっと、きっと想い続けていく。
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