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※期待
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気持ち悪い、肌にはりついた甘い余韻。ベトベトする。
羽柴は走っていたから…深い意味なんてない。これ以上、考え事を増やしたくなくてそんな結論にいきついた。
鞄から携帯電話を取り出し、長谷川を呼び出し暫く待つ。こういう時一人でいることの、思考の行き着く先が良くないことを知っていたから。
「もしもし、…秋月先生?」
(長谷川先生みたいに、なれたらよかったのに)
「はい」
それだけで、いくらか安堵している自分がいることに気がつく。
「どうかしたんですか?」
「長谷川先生の声が聴きたくて」
別にからかうつもりなんて、これっぽっちもなかったけれど。携帯を握りしめてそう告げると、長谷川が深く溜息をついたのがわかった。
「俺は、口説かれているんですか?」
「まさか」
「…………」
「何か喋ってください。
何でもいいから…お願い、先生の声を聴かせて」
「…今、どこにいるんですか?」
「後藤くんの家から帰るところです。
プリントを渡すのを…、忘れてしまいました」
「どこかで珈琲でも、いかがですか?」
「よかったら、僕の部屋に来てもらえませんか」
「俺は、誘われているんですか?」
「そうだと言ったら、僕はあなたに慰めてもらえますか」
口説いてはいなくても、誘ってはいるかもしれない。
そんな違い、ほんの小さなことだけれど。
「どうしたっていうんですか。
らしくないですよ、秋月先生」
「長谷川先生に僕の何が、わかるっていうんですか…。
いや、先生はいつも僕のことなんて、お見通しなのかもしれないですけど。どうすればいいのかも知ってるなら、よければ教えてもらえませんか」
やりきれない思いを長谷川にぶつけ、つっかかっているという自覚はあった。しばらくの沈黙の後、
「簡単なことですよ。
後藤なんてやめて、俺を好きになればいい」
「…長谷川先生は、僕のことが好きなんですか?」
電話の向こうで長谷川が、可笑しそうに笑った気配がした。…馬鹿にされたような気がする。
「前にも言ったような気がしますが。
俺はあなたに告白なんて、するつもりはありません」
「それは、答えになっていません」
「ああ、いつもの調子が戻ってきたようですね」
「はぐらかさないでください!」
こんなに考えが読めない男に、秋月は会ったことがない。静かな声が返ってきて、
「誰かを好きになるのは、もう止めましたから。
これから先のことは、わからないですがね」
「どうしてそんなこと、言うんですか…」
どうしてだか悲しくなる。
長谷川と話していると時折感じるその感情に、秋月は携帯を握りしめた。
「話せば長くなりますよ。
それに、今はあなたの話をしているところだ」
「長谷川先生」
「何ですか?」
「やっぱり先生と僕は、考え方が違うみたいです」
「同じ人なんているでしょうか。秋月先生と後藤さえ、違っているのが現実ではないですか。
だから、あなたは後藤を好きなのだし」
「僕はそんな正論を、聴きたいわけじゃありません」
「秋月先生、センセったら!」
足音が近づいてきたことは、全然気がつかなかった。
息をきらした羽柴の声に、秋月は思わず通話を切って振り向いていた。
ぜえぜえと肩で息をしながら、羽柴が額の汗を拭う。秋月と目が合うと、にっこりと笑った。
「ゴメン先生、さっき間違えて俺コーラ渡しちゃったみたいで!これ、アクエリアス!!」
「羽柴くん…」
そんな羽柴を、確かに自分は一瞬だろうが疑ったのだ。
「あれっ?もしかして先生…コーラかぶっちゃった?!
ごっ、ごめんなさい!俺、急いで走ったから…」
泣きそうな声があがり、羽柴が頭を下げる。
目頭が熱くなった。
「…ありがとう」
「あーっ、そういえば!こういう時のためにウエットティッシュが…ない!ない…俺って本当バカだ…マサよりマシだけど。先生大丈夫?」
鞄の中をガサガサ確認して羽柴は、わかりやすく肩を落とした。
「羽柴くん、いいんだ。ありがとう…、わざわざ追いかけてきてくれて」
「先生泣いてる?体調大丈夫?
ゴメンねマサのせいで、先生にまで迷惑かけちゃって…。俺がよーく説教しとくから!センセは安心して、マサの復帰を待っててね」
(どうして、そんなに…)
子供の純粋さが、嫉妬するほど羨ましかった。
「…先生…?」
「ごめん、羽柴くん。
謝るのは僕の方なんだ、…本当にありがとう」
「へっ?」
理由なんて、言えるわけがない。ともかく今は一刻も早く、シャワーでスッキリしたかった。
***
秋月は早足で家路を急ぎ、マンションの入り口でふと立ち止まる。長谷川が立っていたからだった。秋月の姿を目に留めると、長谷川は僅かに口元を笑ませる。
「あなたのことが、心配なんですよ。俺は」
…そんな風に手を差し伸べられたら、
「長谷川先生…!」
いくらなんでも抱きつくのは甘えすぎかもしれないと、その行動に歯止めをかけてくれたのは、自分に染みついた甘いコーラの匂いと不快感だった。
長谷川の姿が滲んで、はっきりと見えない。
差し伸べられた手に縋りついたら、少しは楽になれるだろうかと思いを巡らせ、秋月は自嘲するように笑う。
(考えるのを止めたら、楽になるよって言われたことはあるけど。余計、苦しくなっただけだったな)
「ありがとうございます。
…長谷川先生が、いてくれてよかった」
「俺は、あなたの思っているような男ではないですよ」
その言葉を聞くと、長谷川は何故か苦しげに表情を歪める。長谷川が何を考えているのかは、よくわからない。
胸を苦しめる思い出なんて、泡になって消えてしまえばいいのに。胸の奥のわだかまりは取れない。どうしたら幸せになれるだろうか、いつかこれで良かったのだと安堵できる日は来るのだろうか。
「僕の部屋はこっちですよ」
秋月は踵を返そうとした長谷川の腕を掴み、その手に力を込める。
「あなたが僕に興味があるなら、一番みっともないところを晒してあげますよ」
返事の代わりに指が絡むと、自分の置かれている状況とか気持ちだとか、何もかも忘れてしまいそうになる。
目が合い微笑んだ表情は、今日一番満たされていたものだったかもしれない。今の秋月の心を過ぎるのは苛烈なほどの、ただの期待にすぎなかった。
一緒にシャワーを、と促すと特に抵抗もなく、長谷川は風呂場までついてくる。脱がせてくださいとお願いしたら、唇だけで笑われた。
「…甘えたがりですね、秋月先生は。
俺があなたに弱いのを知ってるんだから」
「先生が優しいから…」
一つ一つ、ボタンを外されていくだけで秋月は興奮し、もどかしい気持ちになる。
ふとその手が止まり、顔を上げると身体に残る傷跡や痣に、長谷川は戸惑っているらしい。
「…この傷は、以前つきあっていた」
「言わなくていい!
過去のことなんか、関係ない。少し驚いただけです」
「長谷川先生…あっ…!…は…ぁん……」
「可愛いですよ、とてもね。ベトベトして気持ち悪いんでしょう?きれいに洗ってあげますから」
石鹸を泡立てた指が、首筋を撫でていく。
それだけで、秋月の唇から堪えきれない吐息が零れた。
「どこを洗ってほしいんですか?」
「ん…全部っ……きれいに、し、て…」
そのよくできた答えに、長谷川は笑ってしまうのだ。
秋月にはずっと警戒されていたのだし、こんな風に触れられるなんて、想像もしていなかったことだ。
「欲張りですね」
「…ぁ…アッ…ァア……」
伸ばされた指が、頼りなく肩に届く。少し触れただけで濡れた声音は、顔に似合わない経験を示唆していたけれど、そんなことはどうでもいい。
「可愛い人…。
もっと縋っていいですよ、受けとめますから」
気持ちは自分に向けられていなくても…恥ずかしげに上気した頬、潤んだ目。それらを見ていたら、長谷川は何か違う錯覚を起こしそうになってしまう。
「…長谷川先生っ…僕…ああっ」
(前戯はいいから、すぐにでも挿れてほしい…。
男が欲しい)
後藤に欲情した熱がずっと内に留まって、すぐにでも思いきり発散させてしまいたい。
そんな願望は告げられもせず、秋月は泣きたくなった。焦れて焦れて、しょうがない。
「ここも、洗ってあげないといけませんね」
「あ、あ…ぁん…先生……気持ちいい…」
ようやくペニスに触れられて、秋月はうっとりとした表情になる。知らず知らず無意識のうちに、自分で乳首を弄り始めてしまっていた。
「…はぁっ…あぁん…ぁ…んっ…アア…!」
「物足りない?清廉そうに見えて、随分と淫らなんですね。秋月先生は。
…バスタブに、手をついて頂けますか?」
言われた通り手をついて尻を突き出す。脚を開くと、秋月は自分でも孔が疼くのがわかった。
「欲しいものを言えますか?」
「あ…んっ…せんせ…の…はぁ……んちん…くださっ…」
「それでどうして欲しい?」
「お尻にください…奥まで突いて犯して…っ」
耳まで真っ赤にし、半ば自棄になったように叫んだ秋月に、長谷川は頷く。
「わかりました。それでは、あなたのご希望通りに」
「アッ!」
ズブッと卑猥な音が響いた。ずっと期待していた衝撃に、秋月はバスタブを握る手に力を込める。
根元まで挿してほしい。そのペニスで、もっと掻き回してほしい。他に何も考えられない…。
「…ぁん……はぁ…せんせ…の…当たっ…イイ……もっと擦って…グリグリし、て…!」
「っ…そんな風に腰を…動かされたら……秋月先生…」
長谷川は苦笑した。狭い粘膜に締めつけられるのが気持ちよくて、すぐにイッてしまいそうになる。
「気持ちいい…アアッ、アッ、アッ!
そこ…いいの…抉って!あぁあん!アン!」
「あぁ…!俺も、もう…先生……」
達してしまいそうになり、長谷川は思いきりペニスを引き抜いた。白濁液が、傷跡の残る背中に飛び散る。後藤に犯されそうになっていた秋月を、先に汚したのは自分。
「ひぁあっ…」
秋月も射精したようだった。お尻をもぞもぞさせて喘いだ後、「もう一度…」そうおねだりされて、長谷川に笑みが浮かぶ。悪い気はしなかった。
キスで舌を絡めると、この腕の中にある全ては、自分のものであるかのような幻想を抱く。
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