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夢の住人
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秋月にかけられる言葉なんて、なかった。
後藤が目を閉じれば、先ほどの屋上で見てしまった、淫靡な光景が浮かんでくる。
甘く、苦しそうな秋月の喘ぎ声。
『やだ…っ、やめて……!』
男の嗜虐心を煽るような抵抗。
自分の知らない男に抱かれながら、秋月は泣いて嫌がっていた。それだけが後藤にとって、せめてもの救いだ。
見たくないのに、忘れたいのに、鮮明なほど秋月の犯される姿が目に焼き付いている。汗ばんだ、いやらしい太腿。上気した頬には涙が流れていて、
「秋月、先生…」
そっと名前を呟くと、胸が締めつけられたような痛みを感じた。こんなに好きなのに、秋月に触れていたのが自分以外の男だなんて。
信じられない。信じたくない。
クラスメイトの、くだらないエロ話を思い出す。
『フミちゃんてエロいよな。やっぱアレか?長谷川とエッチしまくってるから?大人チンポに開発されちゃった?』
『長谷川は秋月のこと狙ってるよな。態度に出すぎだし、秋月もボーッとしてるから、すぐヤられてそう』
『はぁ、俺もフミちゃんに童貞を捧げたい』
『お前…。さっきから発言がことごとくキモイ』
『身体のことも勉強しないとね?先生が優しく教えてあげるから大丈夫…。他の皆には内緒だよ?』
『それ、秋月の真似?どんだけ妄想入ってんだよ。そういう世話焼きキャラじゃねーだろ。あの人』
『ギャハハ』
生徒から、自分が性的対象に見られていることに、秋月が気づいているのかいないのか…。少なくとも、後藤の情欲は本人も知っているはずだ。
好かれていると思っている。多分確実に、確信に近いくらい、後藤は秋月に想われていると感じている。
好きな人がいると聞こえた、その相手は自惚れではなく間違いなく自分だ。
『やっぱり、頼れる大人の男がタイプなのかなぁ、秋月先生…。なんかフワフワしてるじゃん?放っておけないっていうか。ちょっかい出したくなるんだよな』
『お前、ホモなん?フミちゃんに告って玉砕した奴、何人か知ってるけど。まったく相手にされないらしいぜ』
『マジかぁ。でも俺、嫌われてないと思う。もしかしたら、イケるかもしれない』
『バーカ。特攻隊は皆そう言ってたよ。あるわけないだろ、そんなこと』
あの生徒と自分との違いが思い込み以上にあるということを、その自信が妄想ではないのだと、どうやって証明できるだろう。
何度も妄想の中で、秋月とセックスをした。 毎日のように、猿みたいに、後藤の身体は秋月を求める。
後藤くんが好きだと告げる唇にキスをして、溶けそうなほど舌を絡ませ、夢中で口腔内を貪る。
『んっ…んぅ……はぁん…』
『先生、好きだよ。今日もいっぱいセックスしような』
『ぁんっ…』
耳元で囁くと、感じやすい身体が跳ねた。
『いっぱい、して…。いっぱいちょうだい。欲しいの…僕を、後藤くんでいっぱいにして』
後藤の夢の住人である秋月は、自分に都合の良い言葉を吐きながら身体を委ねてくれる。後藤が欲しいと、本人が言えないであろう本音を躊躇なく口にしながら。
「何考えてんだよ、オレは…!」
現実逃避も甚だしい。実際に、秋月は違う男の腕の中にいたのだ。長谷川とだって、何もないような関係には見えない。
自分は…大人じゃないから?だから、あの肌に触れることを許されないのだろうか。年の差なんて、永遠に埋まることはないし、努力して乗り越えられるものでもない。
「ふぁ…」
後藤は突如襲ってきた眠気に、唇を噛む。屋上でも一瞬、落ちていた。日に日に…ストレスを感じれば特に、症状は悪化する。家まで十分ほどの距離だが、それまで起きていられる自信がない。
頼るように、足を向けるのは図書室だ。倉内ならいるだろう、変わらず、いつものように。
近づくと漏れてくる明かりに心底ホッとした気持ちになって、後藤はそのドアを開けた。
「後藤?!」
読書週間のプリントを編集していた倉内は、傍目に見てわかるほどの後藤の具合の悪さに、カウンターから出てきてその身体を支えた。
保健室ではなくここに来たということは、友達が必要だったのだろう。
「静…。眠い……」
「すごい顔してる。フミちゃんと何かあったの?」
「今その名前を、他の男から聞きたくない」
口にして自分でも、馬鹿みたいな願望だと思う。先生と生徒という環境である限り、この歪んだ独占欲が叶うことも満たされることもない。
「何言ってるの」
その為に来たのではないのか。呆れた友人の反応が、とても遠くに感じられた。自分の感覚が、今ここにないような…。
「駄目だ。意識が…」
「ちょっと後藤、しっかりして」
今の自分には若干口うるさく感じるような、いつもの倉内に安心する。
後藤は倒れ込むように机に突っ伏して、そのまま頭を抱えた。
「オレらさあ、本当ガキだよな。何でオレは生徒なんだろう、何で先生のことなんか…」
泣いているような、苦しさを滲ませたくぐもった声音が漏れる。吐き出したかった。誰かに、聞いてほしかった。
「僕には後藤の気持ち、よくわかるけどね。結局、自分が変わるしかないよ。相手が我慢できなくなるくらい、いい男になればいいんだ」
「先生が好きだ…」
「本人に言ってあげたら?喜ぶよ」
そうだろうか?
何度も好きだと伝えたけれど、素直にその好意を受けとめられたことはないような気がする。秋月はその度に困ったような、思いつめた表情ばかり返してくる。いつも、泣かせたいわけではないのに。
「どう…だろうな。眠くて、寝たいんだけど…寝るのが…怖い。怖い夢、見そうだから」
「寝たら?うなされてたら、起こしてやるから」
「頼む」
倉内が頷く気配を感じ、後藤はようやく瞼を下ろした。
***
『後藤くんは、僕のことなんて何もわかってない』
屋上で項垂れながら、秋月は悲しそうにそう吐き出した。夢だとわかっていてもいやにリアルなその幻想は、後藤の心をかき乱す。
願うことは、一つだけ。
『わかってないなら教えてくれよ。オレは、先生のことを知りたい』
『教えたら、きっと嫌いになるよ』
涙を溜めた目と視線が合う。笑ってほしいだけなのに、そんな表情を見ると胸が痛くなる。
『オレの感情を勝手に決めないでくれ。好きなんだ、わかってるんだろ?何が怖い?アンタは一体、何をそんなに隠したいんだ』
心の内を教えてくれたなら。その不安の一つ一つを、自分が簡単に消し去ってやるのに。隠されていたら、わからない。
『見たでしょう、さっきの。それ以上、説明できることなんかないよ。僕はああいう人間で、後藤くんに相応しくなんか…』
ああ、いかにも秋月の言いそうな台詞だ。まったく理解できないもっともらしい理屈で、距離をとられる。腹が立つ。こんなに好きなのに、想いを信頼されていないと感じるのが辛くて、やるせない。
『ふざけんな…。勝手に決めんなよ!』
驚いた顔が、冷静な友人のものに切り替わる。
「わっ、びっくりした。…起こす必要なかったね」
後藤のそばで本を読んでいた倉内は、わずかに声を上げた後、淡々と続けた。その態度に平和な日常を感じて、夢の残像が脳裏から剥がれ落ちていく。
「静…」
「帰ろう。もう、遅い時間だから。
三十分くらいは電気も消して後藤に気をつかってみたけど、暗くて何も出来ないから、結局電気つけた」
時計は、夕方の七時前を指していた。
「静がいてくれてよかった。サンキュ」
「どういたしまして。…一応、後藤も僕の友達にカウントされてるからね」
「言い返す気力がねーよ」
冗談に笑おうとして、鼻がつんとする。
「僕に、何かできることある?」
「…充分だ。サンキュー」
これは二人の問題で…夢の中ではなく、言葉を交わして、触れて、それから先のことを考えたい。
後藤はそんな風に思って、ゆっくりと首を振った。
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