アダルトコンテンツが含まれます。
18歳以上ですか?
- 文字サイズ:
- 行間:
- 背景色:
-
本気
-
第二章
人伝いに呼び出された後藤は、生徒指導室で長谷川と向かい合っていた。
お互いに恋敵だと認識している相手と二人きりというのは、なかなかに居心地が悪い。
「秋月先生と寝たそうだな」
仏頂面が、単刀直入にそう切り出す。呼び出された時点で話の内容など見当はついていたのだから、これくらい、動揺するほどのことでもない。あの時間は、夢ではなく現実のものなのだから。
「秋月先生が言ったの?それ」
「ああ。俺に相談してきたんだよ、先生が」
「ふぅん。…で?何が言いたいわけ」
二人が親しいのはわかっていたが、あらためてそれを示唆されると、面白くない気分になる。
逃げるように保健室を飛び出した秋月のことが、気にならなかったといえば嘘になる。ただ、後藤にしてみればようやくの進展で、翻弄されすぎてまともに頭は回らなかったし、問い詰めて秋月を追いつめるような真似は、絶対にしたくなかったのだ。
大切にしたい、いつもそう思っている。
「秋月先生のことは諦めろ」
「何それ、こっちのセリフ。先生が好きなのはオレだよ。
長谷川先生だって、知ってるだろ。だからこうやって、オレを呼び出してる」
後藤が笑いながら煽ると、長谷川の表情が剣呑なものへと変化した。当然ながらこの件に関して、一歩も引くつもりはない。
「……」
「大体、秋月先生の相談って何?
オレじゃなくて、部外者の長谷川先生に、一体何を話すんだよ」
わざと軽くそんな風に言い放ち、反応を見る。抑えているが、長谷川の苛立ちは伝わってくる。お互い様、なのだけれど。
「先生は、お前と寝たことを後悔してる」
「秋月先生は、オレに抱かれたがってたのに?」
殴られるんじゃないかと思った。それくらい、長谷川の隠しきれない激情は漏れ出して、対称的に、後藤の気持ちを冷やしていく。
「あの人を、何か傷つけるようなことをやったんじゃないのか」
「気持ちいいことしかやってない。
オレの何かが先生を傷つけたなら謝るし、二人で話せばいいことだろ。それこそ、アンタに関係ない」
淡々と本音を告げて、後藤は真っ直ぐに長谷川を見据えた。
「オレを変えようとしたって無駄だよ、長谷川先生。オレは今までもこれからも、変わらずあの人を想っていく。秋月先生って、思い込みが激しいし。何か誤解されたなら、オレはそれを解くだけ」
「後藤…」
「何にせよ、秋月先生を渡す気はないから。アンタじゃなくても、他の誰にも。失礼します」
長谷川を残し、後藤は生徒指導室を出た。秋月の後ろ姿を視界にとめて、早歩きになる。 見かける度に、その隣りに行きたくてたまらない気持ちになる。
「秋月先生」
ぼんやり廊下を歩いていた秋月を呼び止め、いきなり逃げられないように細い腕を取る。秋月の頬が赤く染まった。恥ずかしそうに、その視線がゆっくりとさまよって伏せられる。
「後藤くん…」
顔に気まずいと書いてあるけれど、そんなものは無視。
「聞きたいことがあるんだけど」
「な、何…?」
緊張したように問い返し、秋月は表情を強張らせている。
「どうして、オレを避けてるの?」
肌を重ねたあの時から、どことなく様子がおかしい。後藤が尋ねると、秋月は泣きそうな声を滲ませて観念したように答えた。予想外どころか、意味不明な返事だったけれど。
「どうしてって…。だって…後藤くんは僕に幻滅したんだよね。だから、」
同意を促されても、頷くことなんて出来るわけがない。何故そんな結論に行き着いたのか、思い込みというよりもはや完全なる誤解である。
「はあ?オレ、そんなこと一言も言ってない。秋月先生が好きだよ。やっと触れられて、本当に嬉しかった。経験不足で、先生を満足させられたかどうかは…自信ないけど。そこはこれから、頑張ろうと思ってるし……」
「え?ちょっと待って…。えっ?本当…に……?!僕、今夢を見てるわけじゃないよね?」
きょとんと、驚くように瞠目して見上げた目に後藤はもどかしい気持ちになった。え?じゃない。
素早く周囲を見回して、誰もいないことを確認してから言葉を繋げる。腕を掴む手に、少しだけ力を込めた。これが夢であってたまるものか。
「オレと付き合って下さい」
シチュエーションなんて、かまっていられない。伝えないと伝わらないのだ、特にこの、鈍感なのか敏感なのかわからない、秋月相手には。
「で…でも」
感じるのは戸惑いと、何に対してのおそれなのだろう。後藤の求める、素直なイエスには程遠い。
後藤は、小さく溜息をついた。
「先生の連絡先と、どこに住んでるか教えて。夜、会いに行くから。二人で話そう」
…はい。真っ赤になって頷いた秋月は、それまでの落ち込んだような表情ではなく、どことなく、いつもの柔らかな穏やかさを取り戻しているような気がした。
***
約束の時間通りにインターホンが鳴って、秋月はゆっくりと部屋のドアを開ける。
後藤が来るまで、すごく長く感じた。緊張しすぎて胸がいっぱいで、酒以外のものが何も喉を通らなかった。
(後藤くんが来た。本当に…)
「どうぞ」
「お邪魔します」
背中を向けた瞬間、後ろから抱き締められて身体が震えた。身動きが取れないほど強く、後藤の想いの強さを示すようで、クラクラする。
「後藤く…」
「ごめん。学校じゃない、気持ちを抑えなくていいんだって思ったら…。先生、飲んでる?酒の匂いがする」
何気なく鼻を寄せてこられるのも、照れる。後藤の匂いがする。シャワーを浴びてきたような、石鹸の匂い。とても刺激的で、平静でいられそうにない。
「後藤くんが、来るって言うから少し…飲んだだけ。素面なんて、どんな顔して迎えたらいいか、わかんないもん。今も…恥ずかしくて、嬉しくて、怖くて、訳がわかんない」
「少しって、真っ赤になってますけど…。なんか、声もふわふわしてるし。酔ってる?」
「酔ってない」
身体が熱いのは酒のせいではなく、欲情しているからだとは答えられなかった。
離してほしくてもっと強く抱いてほしくて、対処できないほどにドキドキしている。
「キスしていい?我慢できない」
「やだぁ…。それ、聞かれるの本当やだ。困る」
いちいち確認して反応を楽しむのは、やめてほしい。心の底からそう思って、秋月は首を横に振った。
「先生のやだは否定じゃないって、オレも、散々学習したから」
「ん…んうっ……」
(うう…。涙が出てくる、情けない。後藤くんが来てくれて、話をしたいって、付き合いたいって言ってくれて、僕とキスしてるなんて…。ううっ……)
優しいキスに、秋月の余計な力が抜けていく。委ねても大丈夫なのだと思わせる、後藤の包容力に自分は甘えてばかり。心地良くて、それが落ち着かなくて…でも、本当はすごく嬉しい。
「先生、オレのこと怖がらないで。そんなに、不安にならないで。オレもすぐ、秋月先生の隣に相応しい大人の男になるから。こうやって、俺の腕の中で…それを待ってて」
(そんな場所にいたら…。僕は、離せなくなってしまう)
「後藤くんが、何を言ってるのか全然わからない。どうしてそんなに優しいの、僕なんて…ただのだらしない男好きだよ」
「好きだからだって、何度も言ってるだろ。先生が、他の誰かと関係があったとしても…嫌だけどそんなの、オレだって……でも。この手を離す方がもっと、オレには辛くて無理なんだよ。先生がいなくなることの方が、痛くて、怖い」
「………」
誰かとではなく誰でも、と知っても。まだ、そんなことが言えるだろうか。
「本気で想ってる、先生のこと。今すぐわかってもらえなくても、きっと伝わる時が来るって信じてる。好きです。オレと付き合ってください」
「できないよ、そんなの…」
(こんなにいい男を僕が…。駄目でしょ、そんなことしたら)
「あーもう、ホント…オレは!
オレはさぁ、アンタのそういう…ただの男好きとか言いながら、本当はオレのことを真剣に考えてるところとか、愛しくてたまらない気持ちになるわけ。だから、嘘ついて否定されたところで…全然効果ない。意味ないから」
「………」
「オレは、わかってくれるまで何度でも先生に気持ちを伝えるつもりだし、何年かかってでも、あなたを手に入れたい」
「後藤くん……」
(泣きそう…。後藤くんがそんなに、僕のことを想ってくれてるなんて)
「オレの本気、わかった?わかってくれたなら今日は、」
「言葉だけじゃ…わからないよ。身体で、教えて」
明確な言葉で誘うと、秋月は帰ろうとした後藤をそっと引き止めた。身体をすり寄せて、甘い懇願をする。
未来のことなんて、どうなるかわからない。何かを誓ったところで、いつか覆るかもしれない。そんな不確かで曖昧なものを信じられるほど、自分はおめでたい性格をしていない。
…それでも、今、欲しいものならわかるのだ。
「帰らないで……。今すぐ、後藤くんに抱かれたい。…駄目かな」
返事の代わりに深いキスを受け止めて、秋月は気持ち良さそうに目を閉じた。
現在の設定
文字サイズ
行間
背景色
×
26 / 50