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血管が浮き出た太い首に歯を立てると、すぐ傍で息を呑む音が聞こえる。こちらを窺うような息遣いに耳を立てながら薄い皮膚を甘く食み、舌先で擽る。少し塩辛い汗の味がする。
「…は、っ……あ」
隆起した喉仏に唇を寄せて弱く吸うと、相手の身体がビクリと震えた。詰めていた息が悩ましく解放される。敏感な身体の反応を感じるだけで、自分の中の熱は高まっていく。
肌触りのよいシーツの上に組み敷いた、何も纏わない硬い身体。感触を確かめるように手を這わせると、しなやかな筋肉がうごめく。触れた指先から快楽の炎を煽られているのか、先程から太腿に当たる熱は十分に反応を示していた。
彼の、恍惚に歪められた顔が見たい。股間で腫れ上がったものに手を添える。根本から先端まで指を滑らせると、何かを期待するように相手の喉が鳴る。這わせた舌を上へ移動させ目元の皮膚を吸う。彼の厚い唇が、赤い舌を僅かに覗かせながら音を紡ぐのが見えた。
「侑吾……」
低く掠れた声。
名前を呼ばれるだけで、下半身に重い熱がこもる。この男をめちゃくちゃにしてやりたい。自分の下で切ない声を上げさせたい。潤んだ瞳を見つめながら生唾を飲み込んだ。
彼は吐息混じりの熱を孕んだ声で、再び名前を呼んだ。耳元で囁かれるそれは鼓膜から入って聴覚を犯し、自分の理性すべてを奪ってゆく。
脳の奥がカッと燃え上がって、自分のボトムのベルトに手をかけた。
ピ、ピ、ピ、と機械的な電子音が耳元で煩く鳴り響く。その姦しい音の元凶を止めるために寝返りを打てば、目元に眩しい光が注いで思わず腕で顔を覆った。
最悪の目覚め。寝起きの不快な口の中でそう呟き、何度かベッドの中で転がってから高橋侑吾はようやく布団から這い出た。この季節のフローリングは氷だ。足の裏が触れただけで身が縮む。
寝間着のまま慌ただしく部屋を出て階段を下りていくと、ベーコンの焼けるいい匂いが漂ってくる。それを胸に吸い込みながら居間の戸を開けると、温かい空気が身を包んだ。
「侑吾」
低く掠れた声。
台所に立つ兄が振り返った。短く刈りこんだ髪の毛には寝癖がついている。まだ眠そうな目をしながら、フライパンを握っていた。
「起きるのおせえよ。何時だと思ってんだ、遅刻するぞ。おはよ」
火を通したばかりのベーコンと目玉焼きをテーブルにある皿に移しながら、早く椅子に座れと顎だけで命令してくる。侑吾が椅子に座ると、いい色に焼けたトーストが目の前に現れた。寡婦だった母が亡くなってから料理は兄の役目だった。
胃袋に染みる香ばしい匂い。しかし起き抜けの食欲を過剰に刺激するには至らなかった。
「……いらない」
「あ? 冗談よせ。食え」
「いいよ、兄貴が食えば」
「食欲ねえのかよ、大丈夫か?」
侑吾の正面の席に着いた兄は、心配そうに顔を覗き込んでくる。
「まさか風邪じゃねえだろうな」
「……朝からうるさいし。大丈夫だよ」
「せめてパンくらい食えよ。炭水化物」
いまだ脳味噌が起ききらない侑吾と対照的に、兄は口にパンを詰め込みながらもさもさ喋る。それでも瞼だけは重そうで、瞳は半分しか見えない。
侑吾の感覚だと、よく朝っぱらから炭水化物を腹に入れられるなと思う。
仕方なしに、こんがりと焼けたピンク色のベーコンを箸で一枚だけ摘むと、口に詰め込んだ。美味い。ベーコンはどう調理したって美味いのだ。
「今日朝練じゃねえのかよ。のんびりしてていいのか」
「……あ」
兄の言葉でにわかに覚醒する。時計を見ると針は七時半を示していた。すでに練習は始まっている。急いで席を立つと駆け足で二階の部屋に戻る。制服に着替え、またすぐに階下に降りる。
「おい、髪ぼさぼさ」
「ニット被るからいい」
兄がシンクで洗いものをしているのを後目に、侑吾は居間でコートを引っ掻け、行ってきますも言わずにそのまま家を出た。今年はまだ降雪がなく、自転車登校は禁止されていない。ガレージの中の自転車に飛び乗り、侑吾は全速力でペダルを漕いだ。
きんと冷えた冬の空気のおかげで、ぼやけていた意識はようやく冴えてきた。今になって腹の虫が鳴る。
食欲がなかった、というのもあながち嘘ではない。今朝見た夢の内容が原因だ。とても、兄を目の前にして朝食を食べられるような気分ではなかった。
最近になって、夢はどんどん鮮明さを増している。兄――宗吾の姿は、まるで本物のような色彩で、気づけば侑吾の前に現れる。それも、一糸纏わぬ姿で。
兄弟で一緒に風呂に入ったのはもう何年も前のことなのに、侑吾の頭の中で兄の裸体は細部まで完璧に顕現する。筋の浮き出た太い首、綺麗に筋肉の乗った腹部、引き締まった太腿と尻。その脚の間にある……。
侑吾は夢の中で自分と同じくらいの体格の兄を組み敷き、何度も蹂躙した。その硬い身体の至るところまで愛撫を施し舐め回すと、兄は侑吾の下で艶やかな吐息混じりの掠れた声で喘ぐ。いつも自分に小言を言う、あの低いハスキーな声。目鼻立ちがはっきりとして鋭さを感じさせる顔が、侑吾の与える快楽によって淫らに歪む。汗の滲んだ額に張り付く、短い前髪。
そこまでしっかりと思い出してから、侑吾は衝動的に「クソッ」と悪態を吐いた。擦れ違ったサラリーマンが振り向く気配がする。
病気ではないかと思う。しかし、このような卑猥な夢を見る理由を侑吾は知っている。
それは兄に抱く欲望だ。
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