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足が冷える。ベッドの上に横になりながら、左右の足を互いに擦り合わせるが、爪先の痛みは消えない。温かい湯船で温まっても、冬の冷気は無情に体温を奪ってゆく。
冷えているのは足だけではなかった。何か大きなものを失ったように、胸に風が吹き込む。
逃げるように教室を後にして帰宅したが、夜まで兄は帰ってこなかった。「用事」があったからだろう。いつも通り十時頃に帰宅して、今は風呂に入っている。
「くそ……」
兄を詰った。酷い言葉を吐いた。そして怒らせた。
あんな、激情を露わにした顔は初めて見た。兄はいつも、兄だった。侑吾の前で感情的な姿を見せたことはなかった。余裕をなくさず、常に侑吾の一歩先を歩いていた。
だから、本当は嬉しかった。自分の言葉で兄を傷つけられたことが。憤慨し、自分の襟元を掴む兄の姿を見られたことが。
だが、その後――やはり兄には及ばないのではないかと、思わされた。
無理やり口づけを施した侑吾を、兄は受け入れた。嫌ならば髪の毛を引っ張るなり足を踏むなり抵抗を続ければいいものを、諦めたかのように力を抜いた。
侑吾は余計に、自分自身の稚拙さを思い知らされた。
「最低だ、俺は……」
自制心のない、癇癪を起こす、子どもの自分。
いつものように、仕方ねえなと笑って受け入れ、許す兄。
自己嫌悪すると同時に、思い出すものがある。
腫れぼったい唇は、想像していた通り、柔らかかった。肉厚の舌は熱く、甘かった。
戸惑いと混乱でおののく舌を絡め取り、舌先を誘い込んで吸うと、兄の背中は震えた。鼻から抜けた声は侑吾の鼓膜から入り、情欲を煽った。
キスは今までの彼女と経験したことがある。今までのどのキスよりも、兄と唇を交わらせた事実は胸を震わせた。
ずっとしたくて、してはならないことを、今日してしまった。
知ってしまったら、この先も知りたくなる。身体に触れたら、どんな反応をするのか。夢に現れた姿そのものを見せるのか。
――コンコン、と。硬質な音で意識がハッとする。
「侑吾、入るぞ」
飛び起きるように上体を起こすと、ドアが軋んだ音を立てながら開いた。兄が立っている。
「……何だよ」
絞り出した声は小さく、相手に届いたかどうかも分からない。
風呂上りの宗吾は、スウェット姿で首にタオルをかけながら佇んでいる。髪の毛は湿っていた。
「寒いんだけど」
震えそうな声で文句を言えば、宗吾は後ろ手でドアを閉めて、冷たい床を裸足で歩いた。
どうして平然と侑吾の部屋に来ることができるのか、理解できない。まるで何事もなかったかのように、その顔には警戒心など微塵もない。
いつものように泰然と傍まで近寄って、侑吾のベッドに腰を下ろす。少しの間、言葉を失ったように口を閉ざしていたが、焦れた侑吾が「何だよ」と苛立ちを隠さず背中に声をかけると、歯切れが悪そうに唸る。侑吾の方が口火を切った。
「俺は、謝らないからな」
「……何を」
「兄貴に酷いことを言った」
「ああ……。もう怒ってねえよ」
侑吾は眉を顰めた。本当に? と疑わずにはいられない。
兄貴のエゴだ、と言った瞬間の兄の形相は鬼だった。侑吾に本気で腹を立てることなどなかった兄が、襟首を掴むまでしたのだ。
「兄貴にキスをしたのは」
「それも、別に怒ってねえ。……まったく、訳がわかんねえけど」
答えを聞いて、侑吾は再び兄を張り倒したくなった。
あれだけのことをしたのに、怒りすらしていないのか。侑吾があんなことをした理由が、わからないと言うのか。
つまりは、取るに足らない程度のものだったいうことなのか。
背後で侑吾が両拳を握り締めているのも知らずに、宗吾は言葉を続けた。
「俺がお前を傷つけるって、言ってただろ」
「……ああ、そうだ」
宗吾が肩越しに振り向く。至極真剣な表情をしていた。
「俺には、お前に酷いことをしてるって自覚がねえんだよ。気に入らないことがあるなら、ちゃんと言ってくれ」
「……――」
「隠し事をしてて悪かった、これからは包み隠さずお前には言う。家族だからな。だからお前も、教えてくれ」
侑吾は色を失うほど下唇を噛んだ。兄の真面目な顔を見ながら、気を失いそうだった。
――そうだ、家族だ。兄と自分は、二人きりの家族。家族以外の何者にもなれない。
「侑吾……?」
不安そうな声音。それが癪に障るのだと、どうしてわからないのだろう。
侑吾は強引に宗吾の腕を引き、自分のベッドに倒した。
「あんなことをした俺を許すつもりなのか、あんたは」
「何……」
戸惑いを見せる兄の太腿の上に跨り、上から見下ろす。
「それが気に入らないんだよ」
どれだけ酷いことをしても、年長者の余裕で受け入れ、許す。
対等になりたいという欲求が、怒りと焦燥を駆り立てる。
「ちゃんと怒れよ、兄貴……」
「どういう――、っ」
乱暴に唇を奪った。上唇を噛み、歯列を割って中に入り込む。すべて奪い尽くすように荒々しく、濡れた粘膜を蹂躙する。
「ん、ん……ッ、侑吾……!」
制止の声が上がるが、昼間キスをした訳を汲み取ってくれない兄に対して、行為をやめてやるつもりなど一切なかった。
「……っん、ぅ…ッ」
唇を食いながら、兄のスウェットをたくし上げる。暖房をつけてはいるものの、外気に触れた肌は鳥肌を立てた。筋肉がのった身体に手を這わせ、胸の尖りに触れると、兄はようやく侑吾の肩を押して拒絶を示した。
「…、っは、はぁ、っ……お前、何する、つもりだよ」
「兄貴は、俺がどういう目で兄貴を見てたか知らないだろ」
「あ……? 知らねえよ、どういう目だよ」
「だからそれを今から教えてやる」
宗吾の頭の横に落ちていたタオルを拾い、兄が抵抗を見せる前に素早く手首を纏め、胸の前で縛る。力の強い兄でも解けないよう、固く結んだ。そこまでして初めて顔に焦燥の色を浮かべた。
「何……」
「流石に殴ってでもとめられるかもしれないから」
相手に反論の余地を与えず、頭の横に腕をついて身体に覆い被さる。兄の目が、風を受けた蝋燭の炎のように揺れた。
「夢に兄貴が出てくるんだ。……裸で」
唇を耳元に寄せて囁くと擽ったそうに首を振るのも構わず、耳朶を食んだ。先程、舌をそうしたようにしゃぶり歯を立てると、耐え切れない吐息が兄の口から漏れた。
「俺が裸のあんたを組み敷いて、身体中べたべた触って……あんたはただ喘いでる。そういう夢を、半年前から見てる」
「っ、お、前……それおかしいだろ、俺は」
「あんたは俺の兄貴だ。兄弟だよ。俺だって変だと思ってる」
変なのは夢ではなく、自分だ。夢の中で実の兄を裸に剥いて、セックスまがいのことをしている。目を覚ますと、朝の生理現象という程度では済ませられないほどに勃起した自身を見て頭を抱える。
やめようと思ってやめられるものでもない。自分が兄を性的な目で見ている限り、夢から立ち去ることはない。そして、自分が兄へ向ける視線から不純なものを取り除くことは難しい。
「最初はよかった、一か月に一回しか兄貴は現れない。けど今は……一週間に一回ならいい方だ」
「何で、……っひ」
耳全体に舌を這わせると、組み敷いた身体が震えた。夢の中でも耳は兄の弱点だった。歯を立てて舐め、息を吹きかけるだけで目に水分を溜めた。今は必死に侑吾から顔を背けているが、どうやら現実でも大差はないらしい。
「兄貴が欲しくて堪らない」
七日間に何度も見るほど恋焦がれている。どれだけ乞うても、絶対に叶わない夢。手に入らない存在。
「俺は兄貴に酷いことをするよ」
もう一度キスをする。当惑したままの舌を捉え、吸いつく。口端から零れる唾液すら逃すまいと這わせた唇を下へ移動させながら、片手で宗吾のボトムに手をかけた。
「侑吾、やめろ……後悔するぞ」
「まだ俺のことかよ。自分の心配をしろ」
侑吾が見たいのは冷静に自分を宥めようとする姿ではなく、狼狽し慌てふためく姿だ。こんな時までかっこつけるなよ、と宗吾に聞こえるように悪態を吐く。
ボトムを下着ごと引き下げ、下肢を露わにする。外気に晒され縮み上がる性器を侑吾は躊躇なく掴んだ。
「夢で何度も触った。触るどころか、こうして……」
「っ、……」
やわやわと根本を優しく揉み、その下の陰嚢を包み込んで弱く刺激すると宗吾はヒュ、と息を呑んだ。手の中の性器は徐々に硬度を持ち始める。
「起たせてやった」
「侑吾……っ、頼む」
「あと、こっちも」
「っ、あ」
胸に顔を寄せて小さな粒を口に吸い込む。上唇と下唇で食み、舌で押し潰して刺激を加える。
「乳首弄られて兄貴は喘いでたよ」
「んん……ッ」
胸を舐めながら上目に仰げば、くすぐったいのか気持ちいいのか、現実から逃れるように目を固く瞑って横顔をシーツに押し付けていた。
そうしている間にも股間のものは起ち上がっていた。掌を滑らせて先端に触れると粘液で潤んでいるのがわかった。押し出すように先端を握り、零れた液体を竿全体に擦りつけると、滑りやすくなった性器を上下に扱いた。
「は、…あっ、ぁ……!」
「わかる? 先っぽから何か出てる。弟の手でガチガチに勃起してんだよ」
「喋んな……!」
「いきたい?」
宗吾の脚の間に身体を割り込ませるように体勢を変え、膝の裏に手をかけて持ち上げる。下肢を広げ扱きやすくなったそこをさらに強く掴み刺激すると、兄が下で泣きそうな声を上げた。
「ん、ぁ……ゃ、侑吾…ッ」
「…っ」
頬は上気し、眉間をきゅっと寄せ、水分の膜が張った目が横目で視線をくれる。掠れ上擦った声が自分の名前を呼ぶのを聞いて、下肢に溜まった熱がずんと重くなるような気がした。
劣情を煽られる。夜に見る夢は、残酷にもそこで断ち切られる。目を覚ました後、絶望する。
しかし今日は、これは、夢ではない。侑吾の下で身体を昂らせ、猛るままに貪りたいという欲望を煽る兄は、現実だ。
「侑吾……っ」
今まで何度も名前を呼ばれた。何の気なしに呼び止められた。呆れたように笑いながら、不満げに小言をぶつけながら。
今日は、泣きそうなのを堪え、懇願している。こんな兄の姿は、見たことがない。
「――兄貴、こっち見て」
「……ッ」
「顔、見せて」
下肢への愛撫は施しながら、片手を頬に添えて正面を向かせる。
どういう顔でいくのか、見たい。
「っ、ぁ……手ぇ、離せ、よ……!」
見上げる兄の視線は必死だったが、聞き入れるつもりはなかった。強く握り上下に扱く手の動きを速めると、浮いた兄の脚が跳ねる。
「侑吾、あ…ッ、頼む、から……」
「無理だよ……」
「や、ァ、……っん、ッ――!」
引き締まった内腿が引き攣り、宗吾が声を飲んだ。侑吾の手の中の性器が先端から白濁した液体を何度か吐き出し、宗吾の腹を汚した。
射精の間、兄は眉根を寄せ、濡れた目を伏せ、唇を噛んでいた。
「はぁ…っ、は、……ぁ」
身体を弛緩させて息を整える宗吾を眺める侑吾も、我慢の限界だった。兄の痴態を見て興奮しきった身体は火照り、ボトムの中のものは痛いほど腫れ上がり、生地を押し上げている。
渇いた唇を舐め、宗吾の腹に飛び散った精液を指で掬い取った。
「兄貴……」
「は……な、に……、っ!」
晒された尻の窄まりに濡れた指を触れさせると、宗吾は困惑した顔で見上げた。何をするつもりだ、と問う視線もはばからず、侑吾は堅く閉ざされたそこを皺を伸ばすように優しく広げる。
「おい、侑吾……っ、何、して」
「兄貴の中に入れたい」
「入れるって、何、……ひ」
つぷり、と指先を忍び込ませる。本来ものを入れる器官ではない場所は酷く狭く、押し入ろうとする侑吾の指を拒んだ。
「わかるだろ」
精液の滑りを頼りに、中指をゆっくり埋め込んだ。中の肉は熱く、侑吾の指をきゅうきゅうと締め付けてくる。
ここに入れたら、と想像するだけで下肢がジンと痺れた。半年も前から夢に現れ、欲望を焚きつけるだけ焚きつけ、朝になると平然と「おはよう」と抜かす兄を組み敷き、誰も触れたことがないだろうそこを暴き、自分のものにする。
先を考えると手つきは性急になる。指の本数を増やすと兄は苦しげに息を吐き、上半身を捩った。
「ずっと、兄貴をめちゃくちゃにしてやりたかった」
「俺は、女じゃねえ……」
「見ればわかるよ」
「兄貴だよ、お前の」
「そうだ」
「変だろ、…っ」
「でも俺は、兄貴が好きだ」
薄く開かれた目が見上げてくる。また変だと言うつもりなのだろうか。好きだという気持ちすら否定されたら、侑吾は本当にどうしようもなくなるのに。
「……好きだよ、兄貴」
伝わらなくても、受け止めてもらえなくても、することは同じだ。昂った身体の熱を収めることはできない。
宗吾の後孔を解していた指を引き抜き、自らのボトムを下着ごと引き下げると限界まで勃起した性器がそそり立っていた。
兄の目に一瞬、恐懼を読み取る。気づかない振りをして膝裏を持ち上げ、十分に解れたとは言えない入口に猛った自身を宛がった。
「ゆっくり息しろよ」
「ん、……っ!」
一番太い亀頭が押し入ると、宗吾は痛みに股関節や下腹部を引き攣らせ、身を硬くしていた。苦痛のために萎えた性器に片手を添え刺激を加えると、僅かだが抵抗が弱くなり、侑吾は腰を進めた。
「は、ぁ……兄貴」
「ん、んっ…、は、っ…はぁ、あ」
「力抜いて、ゆっくり呼吸して」
目を固く瞑り半開きの口で荒く息を吐く兄は、どう見ても快楽を感じている様子ではない。猛った性器を尻に捻じ込まれ、苦痛を感じない筈がなかった。
けれど、止められない。熱い肉壁は性器を侑吾を押し出そうと拒絶を示すが、酷く気持ちよく、居心地が良い。
「兄貴、すごく……いいよ」
侑吾も、余裕などとうになかった。腰を激しく振り、怒張した雄を突き立てたいという本能が、膿んで溶けた思考に押し寄せる。凶暴な欲求を、これ以上兄を苦しめたくないという理性が何とか押しとどめている状態だった。
「ゥ、う……ん、は」
「……動くよ」
根本まで埋め込む前に一度抜き、浅いところで性器を出し入れする。塗り込んだ宗吾の精液と、侑吾の先走りが混じり合って小さくぐちゅぐちゅと音を立てる。
腰を動かしながら、まだ柔らかい宗吾の性器を扱く。濡れた手を滑らせ掌全体で先端をぬるぬると擦ると、宗吾は苦痛からではない声を上げた。
「兄貴、気持ちいい……?」
「ひ……っ、や、それ、……っ」
芯を持ち始めた雄を擦り上げると、あっという間に天を向き、先端から透明な液体が零れだす。竿や玉にも塗り込めるように全体を愛撫する。
兄の姿は視界にとって酷く暴力的で、扇情的だった。汗の浮いた額に短い前髪が張り付き、その下の鋭い目は潤んで普段の迫力の欠片もない。無意識に噛んだ厚い唇は赤く染まり、唾液に濡れている。中途半端に服を剥いた上半身は愛撫の度に硬い筋肉をしならせ、見え隠れする薄茶色の乳首はピンと起って服に擦れる。下腹部から性器にかけて浮き出た血管が、あやしくうごめく。
兄の乱れる姿。現実は夢よりも過激だと、知ってしまった。
「……兄貴、すげええろい」
声を落とすと、快楽に蕩けた目が下から睨みつけた。
「あ、ァ…っ、ん、これ……」
「何?」
「これ、外せよ……っ」
宗吾が窮屈そうに、縛られた腕を動かす。
「外したら、兄貴」
「殴んねえよ。お前……っ、彼女も縛ってヤんのかよ」
彼女、という単語に僅かに不快感を覚える。今抱き合っているのは自分たち二人なのに、第三者が介入したかのようで嫌だ。
手首に固く結んだタオルを解くと、兄はだらりと腕をシーツに投げ出した。
抵抗する様子は一切なく、目を伏せて横顔をシーツに埋めて息を整えていた。
「縛ってヤる趣味なんか、ないよ」
浅いところで抽挿を繰り返した雄を、ぐっと押し入れる。突然の衝撃に兄が息を詰めた。
「兄貴は?」
「んっ、は……っ、何」
「どうなの? ……っていうか兄貴、童貞?」
兄に女の影を感じたことはなかった。学校では不良で通っているし、つるんでいる連中も同じような男子生徒ばかりで、女子生徒には恐怖されているようだった。
「童貞じゃ、ねえよ」
「……ヤったことあんの?」
「俺のこと馬鹿にしてんのかよ。あるよ」
「……へえ」
「何だよ、……ぁア、っ!」
膝を抱えたまま覆い被さると、侑吾の屹立は肉壁を裂いて奥まで貫いた。
「意外だな」
突然の侵入に驚いた宗吾の中は太く硬い異物をギュウ、と締めつけてくる。強い締めつけに達しそうになるが、息を吐いて堪え、抽挿を再開させた。
「知らなかった、全然」
「はっ、あ、あ…ッ」
引いては押し寄せる波のような律動に、宗吾は苦悶の表情で堪えていた。
「でも、こっちは初めてだろ」
「ぃ、あ…っあ」
「なあ、そうだろ、兄貴」
宗吾の膝は胸につくほど折り曲げられ、腰を前後する度に肌と肌が触れ合って乾いた音を立てた。熱い肉の中をガツガツと乱暴に貪る。
どれだけ苦しいだろうか。尻に硬いものを捻じ込まれて、堅く閉ざした中を出し入れされ、身体の内側を突かれ、揺さぶられ。侑吾には想像する余裕も、慮る思いやりも今は持ち合わせていない。
この男が欲しい。自分の下で声を上げるこの男のすべてを、手に入れたい。
そして思い知らせたいのだ。自分が向ける感情のすべて、苛立ちや、欲望や、愛情を、思い知らせてやりたい。自分は弟ではなく、この男を愛するだけの、ただひとりの人間だと。
「は、……っ」
最奥に重く突き立て、中に射精をする前に竿を抜き、兄の腹に精液を飛ばした。白い液体がぱたぱたと肌を汚すのを、溶けた視界で見ていた。
兄を犯したのだという実感が、じわじわと押し寄せる。
宗吾の頬に手を添えた。反応もなく、静かに目を伏せている。
「兄貴……?」
触れ合った肌から感じる体温は侑吾と同じくらい高い。しかし頬を軽く叩いても身じろぎひとつしなかった。
「おい、兄貴」
気を失っている。途端、耳の裏がキンと冷えるような感じがして、背中に焦燥が駆け巡った。昂っていた身体の熱が冷めていく。
「兄貴」
両手で顔を包み込むが、奥二重は伏せったまま、瞳を露わにしない。さっと血の気が引く。
「おい、起きろ。目を開けろよ」
肩を掴んで揺さぶるが、力を失った身体は人形のようにカタカタと動くだけだった。
――やってしまった。
感情のままに兄の身体を犯した。ベッドに引き倒した時点で後戻りはできないとわかっていたから。
こんな筈じゃなかった。傷つけるつもりはなかった。ただ、わかって欲しかった。
兄がどれだけ自分の自尊心を傷つけているのか。
自分がどれだけ兄を恋うているのか。
それを伝えるだけで十分だった。
兄はいつも、兄だった。常に年長者の余裕をたたえ、侑吾を支え、時には笑った。幼い頃は身を盾にして侑吾を守り、まだ頼りなかった侑吾の肩を叩いた。親が子どもにするように頭を撫でた。
精神的な拠り所でもあった。母はいつも仕事の帰りが遅く、家では兄と二人きりでいる時が多く、不安がる侑吾に寄り添ってくれた。当時から兄は侑吾に対して献身的だった。
兄がいれば大丈夫だ。兄が隣にいれば、それだけで心許なさは一蹴されたのだ。
強くて、かっこよくて、そして優しい兄は、意識を失っている。
自分がそうしたにも関わらず、侑吾は形容しがたい不安に襲われた。
いつもと違う兄の姿だ。
侑吾自身が望んだことだった。兄貴面をする兄が気に入らなかった。
けれど、何事もなかったかのように目を覚まして「あほ面だな」と笑う彼の顔が見たいと願うのも、事実だ。
「兄貴、ごめん」
反応を返さない身体を腕に抱く。
自分の感情のちぐはぐさに戸惑っていた。
「あんたの、言う通りだったよ」
後悔するぞ。兄は侑吾にそう言った。
別段、深く考えて口にした訳ではないだろう。しかし今、宗吾は激しい後悔に身を苛まれている。
自分たちは兄弟だ。血を分け合った家族だ。
一線を越えた。侑吾が強引に宗吾の腕を掴み、越えさせた。
何事もなかったことにはできない。もちろん、そうするつもりは元よりなかった。
しかし、元の兄弟に戻れないこともまた確実だった。
実の兄を恋い、欲情し、身体を重ねた今、自分たちの関係は別のものに歪んでしまった。
兄に「兄」をやめて欲しかったのに、兄が自分にとって「兄」以外の存在に変わってしまうのも、侑吾には堪えられない。
兄に自分の気持ちを知って欲しかった。だが、兄にどうして欲しかったのだろう。好きだということを知って、何をしてもらいたかったというのか。
考えれば考えるだけ、意識が遠のきそうになる。
「何が、言う通りだって……?」
「!」
普段よりも掠れた声だった。まるで病人のようなそれに、侑吾は鼻の奥がツンとした。
「兄貴……!」
宗吾の頭を掻き抱き、頑強な肩に顔を埋めた。感触を確かめ、体温を感じる。確かにここにいる。
どうした、と再び声が響いて、その喉の震えを感じて侑吾は目頭が熱くなる。勝手に目から涙が溢れてきて、宗吾の首元を濡らした。
「どうしたんだよ、泣くな」
低く落ち着いた、優しい声音だった。落ち込み泣き喚く自分をあやしていた、昔の兄の声。
最近は、というかここ数年は、こんな風に声をかけられたことなどなかった。侑吾は十分に成長し、身体的にも、精神的にも強くなったからだ。
それは思い込みだったらしい。自分は全然、強くなどないと侑吾は思う。
「……泣き虫」
宗吾の腕が、おそるおそる侑吾の背中に回る。ぎゅっと強く抱き締め、幼子をあやすように柔らかく撫でた。
泣きたいのは、兄の方だろうに。侑吾に酷く扱われ、傷つけられたのだ。
それなのに彼は、ただ黙って侑吾を受け入れる。無償の、深い愛を、ひたすらに侑吾に注いでくれる。
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