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【恋人になる前の話】②
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三味線がかき鳴らされる。
出囃子にのって、前座の落語家が舞台にあがる。
いつみても小綺麗で、ぴっちりと七三頭にしている三楽師匠の弟子、アニさんだ。
気配りができ周りから好かれる、頼れる先輩。
噺家にしては珍しく、肩幅が広くたくましい体つきをしている。
しかし彼の落語は丁寧だが短調で、眠たくなる。
だからなのかなんなのか、彼は未だに二つ目止まりで、真打に昇格する話も聞かない。
たしか三十路になる彼は、未だ嫁が見つからず、悩んでいると噂で聞いた。
アニさんの姿を舞台袖から見ながら、そんなどうでもいいことを思い出していると、後ろから馴れ馴れしく肩を組まれる。
「よぉ。坊っ」
「・・・遅かったねぇ」
「まぁまぁ、出番には間に合ってんだからいいだろう?」
「言い訳あるかっ!もう寄席は始まってんだ。・・・だいたい、言っても聞かないからって、怒られるのはアタシなんだよ!」
「しーっ。そんな大きな声出すと聞こえちまうぞ」
「~~~!」
どこまでもマイページな助六に嫌気が指す。
アニさんが終わり、パラパラと拍手が聞こえる。
次は助六の出番。
出囃子が鳴り、よれよれの浴衣を着て、無造作な髪をしたままの助六が、舞台に上がる。
今日の演目は『らくだ』だ。
「・・・また大ネタじゃねぇか」
菊比古は壁に背中をつき、うなだれながらも、助六らしいと微笑んだ。
***********
寄席が終わり、帰る前に助六と二人で楽屋に寄ると、三楽師匠が一人、座布団に座り煙草をふかしていた。
ラジオからはさっきまで菊比古が落語を披露していた舞台の上で、今、真打ちがやっている落語が流れていた。
「助六ゥ。おめぇまた遅刻したってなぁ。」
「三楽師匠。申し訳ありません。てめぇが後できつく言って聞かせますので、許してやってください。」
三楽師匠の前に急いで膝をつき、深く頭を下げる。
助六は黙ったまま、渋々と菊比古のとなりに正座する。
「あぁ。菊ちゃん。しっかりしてくれよ。
…助六。二ツ目のくせにあんな長尺のネタやって。しかもその身なり。どうにかしろっていつも言ってんだろ。」
「・・・でも客は喜んでました」
「信さん!!」
むっつりとした顔で静かに反論する助六を、慌ててたしなめる。
「落語はお前だけのもんじゃねぇ。組織ってもんを大事にしてもらはねぇとな。そうじゃねえと上がるもんも上がんねぇぞ。」
「師匠。そこらへんにしてやってください。」
「…はぁ。今回は菊ちゃんに免じて許してやるよ。いい兄弟弟子持ったことに感謝するんだな。」
「ありがとうございます。ほら、信さんも。」
菊比古はもう一度深く頭を下げると、拗ねてそっぽを向いている助六にも頭を下げるように促す。
「すみませんでした」
不本意そうだが、しっかり頭を下げた姿を見て、ほっと息をつく。
師匠の怒りがぶり返す前に退出しようと、助六を立たせ出口に向かおうとした時、菊比古の袖をグッと引かれた。
「わかってるな?」
「・・・・・・はい」
菊比古の返事に気を良くしたのか、三楽師匠は袖を離し、満足そうに笑った。
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