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買い物は大変だった。いざ家で料理しようと思うと、調味料はおろか、鍋も包丁も何もなくて、ホームセンターとスーパーをはしごした。店内では、俺がうっかり口走った新婚というワードが相当嬉しかったのか、常に腰や肩を抱かれていた。周囲からはかなり冷ややかな目で見られていたが、あんまりにも機嫌が良さそうだったから、彰吾の好きにさせてやった。
大荷物を抱えて家に帰りつき、すぐに夕飯の支度に取りかかった。
「あっ、しまった」
「なに?」
「エプロン買い忘れたじゃん......新婚って言ったら、真っ白のフリルのついたエプロンだろ!」
「彰吾の中の新婚のイメージってなんなの」
くだらない会話をしながら料理を進める。彰吾は後ろから俺の腰に腕を回し、肩に顎を乗せて鍋を見つめている。正直重いし暑苦しいし邪魔だけど、彰吾の熱は俺の精神安定剤みたいな感じになっていて、心地よくて突き放せなかった。
「すげー。店以外で料理してんの、初めて見た」
「大げさ。子供の頃お手伝いとかしなかっただろ、アンタ」
「んー。親父は蒸発して、母親は水商売で男と遊んでばっかだったしな。祖父母なんかも見たことないし、手伝いようがなかった」
そういえば彰吾の過去や家族のことをこれまで聞いたことがなかった。少なくとも俺には幸せだった家族の思い出があるし、今や緊縛師という異端な職業をしているとはいえ、それなりに俺のことを考えてくれる父親もいる。俺なんかより、彰吾の方が遥かに辛い状況を生きてきたのだと、今更知った。
「......なんか、ごめん」
「え、なんで謝るの?あ、全然気にしなくていいぜ?ほんと、今の今まで忘れてたし」
振り返れば、ほんとに何てこと無さそうに笑う彰吾がいたけれど、何てことなく感じてしまうことが悲しくて、俺は彰吾を抱きしめた。
「雅ちゃん?」
「......俺の母さんは、綺麗で優しい人だった。何にもなくても、毎日何回も子供のことを抱きしめてくれて」
「そっか。だから雅ちゃんは、優しいんだね」
「俺は......優しくなんか、ない、けど......」
抱きしめたくて仕方なかった。どう伝えればいいか分からずに、もどかしくて、背中に回した手で思い切り服を掴んだ。
「俺、今人生最高に幸せ。今が幸せだから、昔のことなんてどうでもいい。雅の過去をぞんざいにするつもりはないけど、俺には、雅がいてくれる今が幸せで、それで十分」
俺のどこにそんな価値があるのかわからないけれど、彰吾の言葉は俺の心に染み渡って、泣きそうになるくらい嬉しかった。
ついさっき、一度しか言わないと言ったのに、また言ってしまいたくなる。
あぁ、俺、彰吾が好きだ。
もちろん、龍弥のことを思えば......とても忘れることなんてできないけど、それでも、今目の前にいるこの男に心奪われ始めているのは確かだった。
「彰吾......」
好きだ、と言ってしまいたかった。
けれど、龍弥を想う自分がそれを許さなかった。たとえ龍弥と結ばれることはなくても、龍弥以外の誰かを想う自分が許せなかった。
思いを伝える代わりにキスをした。嬉しそうに微笑む彰吾に、俺も少しだけ笑って見せる。
「あ......肉じゃが、煮くずれる......」
だいぶと汁気が減った鍋がグツグツ音を立てるのに気づいて、慌てて彰吾から身を離した。
「わ、すっごいいい匂い」
「ん、味見」
崩れかけたじゃがいもの一部を菜箸で挟んで彰吾の口元に持っていく。湯気が立つそれにはふはふと食らいつくと、心底幸せそうに笑った。
「うっめぇえええ!雅ちゃん天才!めちゃくちゃ旨い!」
肉じゃがなんて誰でも作れる料理を、それでも大層なことのように誉めるのが照れ臭いけど嬉しくて、俺も笑顔を深めた。
「俺の肉じゃがは特別なんだよ」
「へー!そうなんだ!だってめっちゃ旨いもんなー!」
「何が入ってると思う?」
「えー?なんか入ってたっけ?出汁と砂糖と醤油と、酒と......」
「みりんと?」
「そう、それ。あとなんか入れた?」
楽しくて、声を出して笑ってしまう。
「俺の愛情」
こんなのは冗談だけど、彰吾の喜ぶ顔が見たくて言った一言に、予想通り、彰吾は嬉しそうに笑った。
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