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立派な王になる。
今思えば夢でも何でもない、当たり前の未来像だった。
けれど、多分子供心に真剣だった。
『オレはさー、大きくなったら、立派な王になるんだ!』
幼い日、確かに自慢げに、そう言っていたような気がする。
相手は誰だった? 場所はどこだった? そんな事も思い出せないほど、頻繁に。タラスは……自分は。胸を張って堂々と、そんな夢を語っていた。
思い出した。
寂しげな月の庭。涙で濡れた少年の頬にそっと触れて、約束したのを思い出した。
『大きくなったら、オレは絶対、立派な王になる。そしたらお前を迎えに来てやるよ。そんで、お前に……』
お前に。
ああ、何と言ったか思い出した。
「思い出した」
王は呟いて立ち上がった。
そしてじっとルーンを見た。
ルーンは王などに目もくれず、兵士の1人から飲み物を受け取り、穏やかな顔で礼を言っている。
距離があるせいで、ルーンの声は聞こえない。ただ、その薄い唇が、「ありがとう」と動くのを見た。
『ホント? 嬉しい。ありがとう!』
冷たく真っ白だった少年の頬に、その瞬間朱が走ったのを、幼いタラスは呆然と見た。人形のように冷たかった彼の指も手も、じんわりと温かくなったのを覚えている。
ドキッとした。
だから、照れ隠しに、ちょっと意地悪なことを言った。
『だからさ、それまでにお前も、頑張って強くなれよな。オレ、めそめそ泣くヤツ好きじゃねーし』
すると、少年はぐしゅりと顔を歪めた。
『ご、ごめ……オレ、めそめそっ……』
泣き虫は好きじゃないと伝えて、どうして泣かれるのか分からない。
分からないが慌てたと思う。だから、きっと頭を撫でて、『泣くなよ』と言ったのだろう。
『鬼が泣いたらおかしーぞ』
と。きっと、言葉の意味も知らないまま、少年にハッパをかけたのだろう。
鬼がどんなに強いのか。
強くて、格好イイのかを説いて。
『オレは立派な王になるから。お前は強い鬼になれよ、な?』
そして、彼に『うん』と言わせた。
強い鬼―――。
幼い日、ヒザを抱えて一人ぼっちで寂しそうに泣いていた少年は、タラスとの約束通り、強い強い鬼になった。
古参の将軍の言う通り、相当な訓練を積んだに違いない。
彼の右手に固いタコがあるのを、肌を重ねた王は知っていた。剣ダコだ。
タラスだって剣は習ったし、戦場に出る以上は訓練も積んだ。マメだってつぶした。
けれど……だからこそ、ルーンの努力がいかに桁外れなのか、よく分かる。あのタコを作るまで、どれほど彼が頑張ったのか。
集中して素振りをし、黙々と体を鍛え、それ以外の時間はずっと右手に何かを握って……毎日、たくさんの距離を駆けて。
そうしてあの、『白鬼』ができあがったのだろう。
遠眼鏡越しに見た、彼の戦いぶりはまだ、王の脳裏に焼き付いている。
血と汗にまみれ、剣を振るい、敵を容赦なく切り捨てる、美しく激しい強い鬼。
北明に白鬼将軍あり、と謳われ、恐れられていたホクト=ルーン。
「それでも王の器か」
戦場で、ぶつけられた言葉は――あれは。
年若い王子を捕虜にもできたのに、その手間を惜しんで切り捨てるなんて、立派な王の所業ではない、と――遠まわしに責めたつもりだったのだろうか?
では、あの時すでに、見限られていたのだろうか?
しかし、ルーンはタラスを討たなかった。恐怖と嘲笑と共に命を与えて、彼はタラスを助けてくれた。
ルーンは約束を覚えていた。きっと、ずっと。鬼になっても。
忘れていたのは、タラスの方なのだ。
王はゆっくりと、ルーンのいる方に歩を進めた。兵士たちはそれに気付いて、1人ずつ礼を取り、道を開けた。
王が進むごとに、自然な花道ができていく。
ルーンを囲んでいた兵士たちも、皆一様に脇にどき、頭を下げた。けれどルーンはただ剣を下げ、静かに王を見返しただけだった。
「練習剣を」
王はルーンを見つめたまま、真横に軽く手を出した。
兵士の1人が、脇にいた将軍に恭しく剣を差し出す。将軍がそれを受け取り、王の手のひらに力強く持たせた。
実力が段違いなのは分かっている。事実、戦場でだって、たった3度の打ち合いで剣を飛ばされた。
いくら連戦して疲れた後だろうといっても、そんなものはハンデにもならない。きっと遊ばれて、恥をかかされて終わりだ。
けれど、なぜだろう。今は剣を持ちたかった。
ざわめいていた兵たちが、シンと鎮まった。
タラスは剣をしっかりと握り、ルーンの前に立った。ルーンもまた、タラスをしっかりと見つめた。
空いた左手で、汗ばんだ髪を掻き上げながら、唇をきゅっと引き結ぶ。
ゆっくりと、彼の持つ練習剣が上げられる。
殺気はない。
それを喜んでいいのかどうか、今のタラスには分からない。けれど、どうしても伝えたかった。思いを。決意を。
約束を忘れ、破ってしまいそうになっていた自分だけど。
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