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ルーンは着いてすぐ、古城の地下牢に入れられた。
長い間使われてはいなかったようで、少々ホコリっぽかったが、逆にそう不潔でもないのが幸いだった。
大罪人を入れることも多い地下牢は、罪人の血や汚物でひどく汚れているのが大概だ。
「お前、元々は敗戦国の虜囚でしょう。虜囚には虜囚にふさわしい場所があるわ」
地下牢までついてきた王太后は嘲るようにそう言って、辺りに高笑いを響かせた。
虜囚というからには、1年半前、ルーンがそうして北明から連れて来られたことを揶揄しているのだろう。逆に言えば、それくらいしか王妃ルーンより優位に立てるネタがないということだ。
いてもいなくてもいい人物。先王の正妃。王太后の評価は、その程度でしかない。王からも、特に何も言われてはいなかった。
むしろ彼女の存在が、シュン王子の立太子を妨げているようにも感じる。
「こんな真似、国王陛下のお怒りをかいますよ」
ルーンが静かに言うと、王太后は「ふふっ」とおかしそうに笑みを漏らした。まるで優位を疑ってもいないようだ。
「怒ったところで、あの愚王には何もできないでしょう。お前を探し回って、せいぜい焦るがいい」
王を侮った態度にも、ルーンは小さく顔をしかめた。彼の恐ろしさを知らないのは、今まで敵対してはいなかったからか?
ルーンの両手は、牢に入れられてなお、後ろで縛られたままだ。
虜囚であることを知らしめる意味もあるのだろう。
「いい格好ね。よくお似合いよ」
高笑いを残して、王太后が地下牢から去って行く。
その気配が完全に消え去ってから、ルーンはようやく息をつき、ホコリの積もった石の床に座り込んだ。
キツく縛られた腕を動かし、少しだけロープを緩める。
やろうと思えば拘束を外すこともできるかも知れないが、時間もかかるだろうし、試す気にはなれなかった。試したところで見付かって、鋼鉄の手枷に変えられても困る。
王の助けは、きっと来る。
シュン王子に告げた希望を、ルーンも疑ってはいなかった。
夜には冷めたスープとパンが「食事だ」と与えられたけれど、ルーンは口をつけなかった。
手が使えず、犬のように食べるしかないからではない。彼が何より警戒したのは、毒物の混入だ。
すぐに命を取るつもりがないのは分かるが、単純に毒といっても殺すためのものとは限らないため、警戒は必要だった。
こんな時、このような場所につきもののネズミでも出てくれれば、毒見役にちょうどいいのだが、長い間使われていない石牢では、それも期待できない。食べないに越したことはなかった。
1食2食抜いたところで、どうこうなるようなヤワな鍛え方はしていないつもりだ。
一方、牢番の私兵たちは、犬食いを疎んじたのだろうと誤解したらしい。
「これは失礼、スプーンがご要り用でしたかね?」
ゲラゲラと品のない笑い声を立てて、牢の中に粗末なスプーンを投げ入れた。
どうせ入れてくれるなら、ナイフでも入れてくれればいいのに。そう思いつつ、ルーンは敵の嘲笑を眺める。
嘲笑されるだけで、殴る蹴るの「尋問」を受ける訳でもない。敵国ではないからかも知れないが、そのぬるさにホッとした。
夜には念のため鉄格子から離れ、石の壁に身を預けて、目を閉じた。
こんな状況で熟睡できるほど、肝が据わっている訳でもないが、今後はどうなるか分からない。休めるときに休むのは、戦場での鉄則だ。
目を閉じたまま、緩やかな呼吸を繰り返していると、ふと小さな足音が聞こえてきた。
何やら話し声が聞こえて、シュン王子が来たのだと分かる。しばらくすると案の定、「王妃陛下」と抑えた声で呼ばれた。
警戒を解かないまま、鉄格子の方に少しだけ近寄ると、王子は石の床にヒザを突いて、いきなり深々と頭を下げた。
「陛下、申し訳ございません」
謝るくらいなら出して欲しいと言いたいところだが、そこまでの権限はないのだろう。
ルーンは「いいよ」と苦笑して、鉄格子の向こうの義弟を見た。
「キミが無事でよかった」
シュン王子に対して思うことは、それだけだ。実母の罪に十分罰を受けているのは、こわばった顔を見ればよく分かる。
いつもの快活さは失われ、笑いかけても笑顔すら見せない。
兄王の耳に入ったとき、どうなるのか――聡明なこの王子は、ことの重大さに気付いている。
「母は、王妃陛下を人質にして、オレを王太子に据えようとしているのかも知れません。そんなやりかたでなったって、すぐに取り消しになるかも知れないのに」
王子の言葉にこくりとうなずき、ルーンも声を潜めて言った。
「取り消しになる前に、国王陛下を狙うつもりかも」
「そんな!」
シュン王子が、驚きに声を上げる。それを首を振ってたしなめて、ルーンは「大丈夫」とにこりと笑った。
王城を出発してから10日、ルーン達はゆっくりと進んできた。
先を急ぐ旅でもなかったし、軍事行動に不慣れなシュン王子を、疲れさせないためでもあった。歩兵こそ伴ってはいなかったが、物資を多く積んだ荷馬車も一緒に連れていたため、馬を走らせることもない。休憩も多い。
軍馬で早駆けさせれば1、2時間で着く距離に、たっぷり1日をかけていた。そうして進んだ10日の距離を、王はどのくらいで追いつくだろう?
今はまだ、何も知らずにいるだろうか?
昼間の山小屋で確認した護衛兵は40人少々。元の50人から減った分は、敵に討たれた可能性もあるが、敵から逃れた可能性もあった。
何より、迂回路に先触れに行かせた兵たちの顔がなかった。彼らが機転を利かせて王城まで戻ってくれていれば――休まず馬を走らせたとして、きっと明日には、王の元に報告できる。
そうして王城を出発して、まずは山小屋にたどり着くだろう。そこから手がかりを探して……あの耳飾りを見付けてくれれば、きっと帰れる。道なき道を進んだ訳ではないのだから、誰かの目には留まるだろう。
絶望するにはまだ早い。
遠い敵国に連れ去られる訳でもない。
ルーンは愛する王の到着を、疑ってもいなかった。
きっと間に合うだろうと信じていた。
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