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漆黒の詰襟に金ボタン、金の肩章。王立騎士団の制服をきっちり着込み、金の剣を腰に帯びて「行って来る」と奥に声を掛ける。
間もなく「はい」と返事が聞こえて、妻が慌てて駆け寄って来た。
「いってらしゃいませ、旦那様」
柔らかな声でそう言って、ぺこりと控えめに頭を下げる。
声と同様に柔らかな薄茶色の髪は、触り心地がよくて嫌いじゃない。
「今日は遅くなる。先に寝てろ」
猫毛頭にポンと手を乗せて命じると、妻は「はい」と神妙にうなずいた。
大人しいだけで面白みのない妻だが、男同士の気安さもあって、楽でいい。料理は美味いし、洗濯物は溜めないし、何よりオレに従順だ。
片付けは少々下手だし、鈍くさいとこもあるけど、それくらいの欠点はあってもいいだろう。
この田舎領に着任すると同時に娶った、親の選んだ相手だったが、結婚なんてそんなものだし。何の不満も持ってなかった。
そもそも子供の頃から、恋愛事には興味がなかった。
女と喋るより剣の練習がしたかったし、親父が師範代をしてた剣術の道場にも、女っ気は全くなかった。
兵学校に入り、寄宿生活になった後など、出会いの機会は更に減った。
みんな、週一の休みに花街に繰り出していたようだが、そんな暇があったら剣の練習がしたかったし。性処理の為に、好きでもない女を抱くなんて面倒臭い。右手で十分だと思ってた。
女の機嫌取るよりも、剣の腕を磨いた方が有意義だし楽しい。
そもそも、世の中には結婚しない男だって大勢いる。
戦時なら男の数もそこそこ減るんだろうが、今の太平の世の中じゃ、男はかなり余ってるし。オレも余りで別に構わなかった。
もし将来的に結婚することになったとしても、きっと親戚や上司に押し切られ、断り切れずにするんだろう――10代の頃から、オレの結婚観はずっとそんな感じだった。
状況が一変したのは、兵学校を卒業して王立騎士団に入団してからだ。
「騎士様、好きです。受け取ってください!」
「遊びでいいから付き合って下さい!」
街を巡回勤務するたびに、そう言って手紙や何やら押し付けられるようになった。
顔も見たことなければ、名前も聞いたことないような女どもばかりだ。未だに意味が分からない。
「仕事中だ」
冷たく睨んでやっても、きゃあきゃあ笑われるだけで、ちっとも効果がなくて本当に困った。
「アルトにもようやくモテ期が来たか」
周りの連中は面白そうに笑っていたが、こんなモテは嬉しくない。
きゃあきゃあ騒がしいし、職場にまで押しかけて来られても迷惑で邪魔だ。大体、入団してまだ間もないヒヨッコの内から、女をはべらせる訳にもいかない。
相手にしないで冷たく無視し、手紙も差し入れも一切受け取らないでいる内に、かなり数は減ったものの、それでもなかなかゼロにはならなかった。
「まあ仕方ないさ、王立騎士団といえばエリートだからな」
「適当につまんで、適当にうまく遊べよ」
先輩や上官にも軽く言われたが、とてもそうとは割り切れない。
「女に希望を持ってないなら、誰でもいいってのと一緒だろ?」
そんな風に言われることもあったけど、そうじゃないだろうって思ってた。
誰でもいいって訳じゃない。けど、特に希望も理想もない。というか、別に女など必要ない。
「愛想のカケラもない剣術バカなのに、どうしてモテるんだろうな?」
「やっぱり顔か? それとも遊んでないからか?」
好き勝手なことを言われたが、言い返すのもバカバカしい。とにかくうるさくてかなわなかった。
「いっそ見合いでも何でも、さっさと結婚しちまえば?」
冗談半分での忠告に、それもいいなと思い始める。 山沿いの田舎領に転属を打診されたのは、ちょうどそんな時だった。
田舎領には王都のような寄宿寮がないため、代わりに小さいが、庭付き1戸建てを貸与されるらしい。
山賊や野生の肉食獣などが周辺にはびこり、討伐が多くて忙しいらしいが、その分危険手当は上乗せされるそうだ。
「お飾りの剣を持ってるだけじゃ務まらない地域だ。お前の剣の腕を見込んで、数年行って貰えないか?」
騎士団長の言葉に、「行かせて頂きます!」と即答したのは勿論のことだ。
王都に戻ってきた時には、それなりの役職を約束するとも言われたが、そんなものより剣の腕を存分に振るえる環境の方が、オレには魅力的だった。
山賊上等、野生の肉食獣ドンと来い。
王都にも剣の使い手はたくさんいるだろうが、練習試合を繰り返すより、実戦に出られる方が何倍も楽しいに決まってる。
断るという選択肢は、最初からなかった。
ただ両親、とくに母親には心配された。
「アルト、あなた一軒家で1人暮らしなんて本当にできるの?」
確かにずっと寄宿所暮らしだったし、飯の支度も洗濯も掃除も、何も自分ではやったことがない。だが、誰にだって初めての時期はあるだろう。
「向こうに行けば何とかなる」
そんな風に楽観視しつつ、頭の中は山賊どもとやり合うことでいっぱいで、ひたすら剣の練習にのみ励む毎日。
「こっちにいる間に、徹底的に鍛えてくれ」
親父に頼み込み、引っ越しの準備もそこそこに、剣の練習に明け暮れた。
「もういっそ、お嫁さんでも貰ってくれないかしら?」
母親がこぼした呟きに、「ああ」と答えた時も、大して考えてはいなかった。
「女は面倒だし、ちょうどいい。適当に大人しいヤツを選んでくれ」
オレの言葉に、母親は心底呆れたように絶句していたが、間もなく本当に結婚相手を見付けて来た。
それがこの妻、レイ=ハルバードとの出会いだった。
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