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いつものように妻の作った晩飯を、向かい合って食べていた時のことだ。
ドンドンドンドン、ドンドンドンドン。玄関の戸が乱暴にノックされ、外から「先生!」と呼ぶ声がした。
先生ということは、呼ばれているのは妻か。
「なに?」
オレと顔を見合わせた後、フォークを置いて立ち上がり、玄関の方に急いで妻が駆けていく。
こんな時間に何の用だ?
気になって後を追うと、妻が扉を開けるなり「若先生!」と大声が響く。悲鳴混じりの、とても慌てたような声だ。
「何事だ?」
妻の肩越しに外を覗くと、30代半ばの2人の男女が落ち着きない様子で立っている。
「ああっ、騎士様! 子供らが帰って来ないんです」
「うちの子と、角の八百屋の兄弟と、3人。いつもはこんなことないんですが……!」
夕暮れ時はとうに過ぎて、外はもう真っ暗だ。
王都なら街明かりも多いが、田舎領ではそうもいかない。街路灯も皆無じゃないが、郊外ならなおさら、人探しをするには暗過ぎる。
「子供とは、幾つくらいだ?」
そう訊くと、6歳から8歳だと言われて、さすがにオレも不安になった。
山賊も危険だが肉食獣も危ない。川や沼などに落ちて、流されてる可能性もある。
「騎士団の詰め所には、もう行ったか?」
「そんな、子供が帰らないくらいで……」
震える声で言う母親に、「いいから、行け!」と強く命じて、一旦奥に戻って服を脱ぐ。
騎士団の制服に手早く着替えて剣を帯びると、妻が青い顔をして、オレと玄関とを見比べていた。
「旦那様……」
不安げな肩を抱き寄せ、柔らかな髪をぽんと撫でる。
「こういうのは、なるべく大人数で一気に探した方が早い。お前も実家に行って、学校関係者みなに声を掛けて手を借りろ」
「分かりました」
うなずきつつも不安げな妻に、ふっと苦笑する。
王都だとこういう案件も結構多かったものだが、こっちではどうも少なそうだ。騎士団に相談するより、まず自分らで探そうとしてしまうからだろうか?
領民を守ってこその騎士団だ、そんなことで遠慮はいらないのに。
「心配するな。きっと無事だ」
妻に言い残して家を出る。妻も、急いで出掛ける支度を始めたのだろう。見送りはなかった。
このまま街を回ってもいいが、やはり足があった方がいいだろう。そう思って騎士団の馬小屋に出向くと、同僚が慌ただしく準備をしているところだった。
どうやらオレの指示通り、さっきの女が詰所に申し出て来たらしい。
「こんな時間に子供3人、行方不明か」
「単なる迷子ならいいけどな」
口々に言いながら鞍を据えて騎乗し、一旦集合した。
「町内は住人に任せ、我々は郊外を中心に捜索する。6歳から8歳だ、小さな物陰にも十分目を配れ。水場にも注意しろ」
上官の指示に、「はっ!」と敬礼して散会する。当番の連中は班別に分かれ、オレのような非番組は非番組同士で適当に組んだ。
通りに出ると、住人達も少なからず探し始めているようだった。
「おーい、どこだー!」
「シーン! ショーォ!」
子供らの名前を代わる代わる呼びながら、手に手にランプや松明を持ち、何人もの男たちが路地を捜し歩いてる。
迷子の捜索など、王都ではそう珍しくなかった。
裏路地は多いし、スラム街もあったりで、迷い込んだら物騒な道もある。我々騎士団も、求められれば熱心に探すが、大抵はすぐに見付かって「やれやれ」と終わることが多かった。
楽観視している訳じゃないが、経験上大事件になったことはないから、今回もそうだといいと思う。
ただ、心配なのは広過ぎる領地だ。
広々とした耕作地、灌漑水路、農業用のため池や牧草地……。
入り組んだ裏路地などは存在しないが、それでも子供3人が簡単に紛れそうな場所は無数にあって、考えるだけで途方に暮れる。
片っ端から探すしかなさそうだった。
自警団の方にも要請が行ったらしい。若者たちがそれぞれ私服で農耕馬にまたがり、大声で子供らの名を呼びながら、バラバラに農道を駆けて行く。
自警団ではないが、義父の姿もあった。
……いや、学校関係者なら当然か。妻から連絡が行ったのだろう。
「お義父さん」
声を掛けると、見事に馬を操りながら、義父がオレの横に並んだ。さすが名士の家だけあって、立派な馬だ。
「アルト君。すまないねぇ、騎士団の方々まで出て貰って」
「いえ、領民を守るのが仕事ですから、当然です」
松明を片手に、真顔で答える。
義父の腰にも剣が見えて、その物々しさにドキッとした。
王都には王都の、田舎領には田舎領の怖さがあるのだと、義父が言う。
「町中にだって野犬が出たりするからねぇ。ここらの子供らは王都と違って、夜に出歩かないもんなんだよ」
「はい」
周りに油断なく目を配りながら、義父の言葉にうなずいた。
迷子になるにしても、そう遠くに行くハズがない。川に落ちたとしても、3人ともとは考えにくい。1人がケガをしたなら、残りの2人が助けを呼びに来るだろう。
泣き声がどこかから聞こえないか、耳を澄ましながら馬を進める。
無事でいる可能性が1つ1つ消えていく気がする。
秘密基地にでも入り込んだまま、寝込んでいるだけならいいのだが。
若先生と、子供らに慕われていた妻のためにも、教え子には無事でいて欲しい。
騎士団と自警団、それから学校関係者や子供らの親、近所の住人――のべ100人近い規模で捜索したにも関わらず、行方不明の子供は3人とも見付からなかった。
代わりに「子供は預かった」と、ふざけた矢文が郊外で見付かったのは、夜が明けてからのことだった。
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