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旅の9
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色々ごたごたしちゃったけど、王立騎士団本部では一通りの挨拶を終えた。
憧れの騎士団本部なのに、テンションが上がらなくてホントには楽しめなくて、申し訳ないなぁと思う。
「奥方は控えめで大人しいんだな」
旦那様の知り合いの騎士様にも、そう言われた。
「ああ、普段はな」
旦那様は軽く笑ってたけど、一緒に笑う気分にはなれなかった。
助けたあの孤児たちのことも気になったけど、それより女の人たちの方が気になる。
騎士団本部の方には、旦那様宛の手紙や差し入れがいっぱい届いてて、「相変わらずだなぁ」なんて呆れられてて、それも胸に突き刺さった。
「こんな剣術バカが、どうしてモテるんだ? 顔か?」
冗談っぽく同僚の騎士様方が笑ってて、有名な話なんだなぁって感じ。
「奥方はどう思いますか?」
そんな風に話を振られて、すごく困った。
「素敵な方、です、から……」
しどろもどろに答えたけど、それ以上言葉が続かない。
旦那様は素敵で、強くて格好いい騎士様だ。真面目で勤勉で実直で、十分強いのに慢心しないし、毎日の鍛錬を欠かさない。
背筋が伸びてて、いつも遠くまで見渡せてて、物静かで勇敢。女の人たちにモテるのも仕方ないと思う。
「結婚すれば、面倒もなくなると思ったんだがな」
ぼやくように言ってたけど、同僚の方は「まさか」って手を振った。
「むしろ火遊びを誘うような、軽い女が多くなるぜ」
それを聞いて、オレの胸の奥にも暗い炎がじりっと燃える。
勿論、旦那様がそんな誘いに乗るなんてことは疑ってない。疑ってないけど、そういう目で見られること自体がイヤだ。
帰り道の間も、「騎士さまーぁ」って声を掛ける女の子がいっぱいいた。
さすがに行きの時みたいに、オレを突き飛ばして割り込むような子はいなかったけど、にこにこ笑いながら手を振られると面白くない。「格好いい~」っていう称賛も、ちっとも誇らしく感じない。
旦那様の機嫌もどんどん悪くなって、ついには舌打ちまで聞こえてきた。
苛立ちを隠すみたいに、歩きながら肩を抱き寄せられたけど、その腕にはまだ少しニオイが残ってて、ビクッと肩を揺らしてしまう。いつもみたいに甘えられない。
それを、やっぱおかしいって気付いたんだろう。
「どうした、さっきから?」
旦那様に探るように訊かれて、かなり困った。
「女どものことを気にしてるのか? 確かにハエ並みにうるさいが、邪魔に思うだけで、目を向けようとも思わないぞ?」
そんな言葉に、こくんとうなずく。
このモヤモヤを、どう言えば伝わるのか分かんない。言っていいのかも分かんない。 旦那様を困らせたい訳じゃないんだけど、どうしよう?
ろくに会話もできないまま、旦那様のご実家に戻る。
気まずい空気を吹き飛ばすきっかけになったのは、お義母様のこんな一言だった。
「やだ、なぁに? アルト、香水臭い!」
顔をしかめて旦那様を睨み、お義母様はそのままオレの手を引いた。
「レイさん、いらっしゃい。男って、本当にどうしようもないわね」
オレも男なんだけど、それは頭にないみたい。
旦那様は「はあっ?」って涼やかなグレーの目を剥いて、それから慌てたように漆黒の制服を脱ぎだした。
玄関を入ってすぐのところで、シャツ1枚になる旦那様。
オレはって言うと、お義母様に手を引かれて、ぐいぐいと居間の方に連行される。
「ごめんなさいね、あの子が……」
って、何やら謝られて慌てたけど、「デリカシーがない」とか「剣のこと以外どうでもいい」とか「ひとが心配してるのに……」とか「親子揃って……」とか、ついでに愚痴も聞かされた。お義父様も、若い頃はすっごくモテて困ったみたいだ。
「道場は女っ気がないし、兵学校は男子ばかりでしょ? 女の子に興味のないまま、図体ばかり大きくなっちゃって……」
それは旦那様からも聞いてたことだったから、特別驚きはなかったけど。
「だからあの子、女をあしらう技術もないの」
そんな風に言われて、ぎゅっと手を握られて、気遣われてんのが分かって嬉しかった。
後で、旦那様にも一言注意してくれたみたい。夜、2人きりになった時、「悪かった」って謝られた。
「オレこそ、ごめんなさい」
深々と頭を下げて、一緒に謝る。
不要な嫉妬して素直になれなかったことも、逃げるように走って、ひったくりを追いかけちゃったことも、心配させたことも、全部全部悪かったと思う。イヤだって、ハッキリ言わなかったのも悪かった。
「つまらない嫉妬して、すみません」
素直に謝ると、「もういい」って頭を撫でて貰えた。
「嫉妬するほど、お前に惚れられてるとは思わなかった。オレは冷たい男だっただろう?」
意味が分かんなくてキョトンと見上げると、自嘲ぎみに笑われた。
「お前を側に置きながら、ちっとも目を向けてやらなかった。男であることが第一条件で、顔と性格と色白で肌がキレイなことと、家事ができること。それだけでお前を選び、それ以外を見なかった。正直なところ、よく逃げられなかったと思ってる」
「逃、げるなんて、そんな……」
つっかえながら首を振り、熱くなる頬を両手で覆う。
今、何を言われたのか、冷静に考えられない。男であること、それはいいけど、顔と性格と、色白で――。
『キレイな肌だ』
『可愛いぞ』
ベッドの中でかつて囁かれた睦言が、唐突に頭の中によみがえる。
どういう顔していいのか分かんなかった。
オレ、ちゃんと旦那様に選んで貰えてたんだな、って。その事実を思いがけなく知らされて、胸がじわじわと熱くなった。顔が笑みに緩んでいく。
「それに、オレはむしろ、同情して欲しかったがな。あんな下品な女どもに、毎日まとわりつかれてみろ。女嫌いになって当然だろう? それともお前、あれがうらやましいと思うのか?」
顔をしかめ、心底イヤそうに言われて、ふふっと笑う。
「オレもゴメンかも」
「そうだろう?」
促されて、こくりとうなずく。
ようやくいつもみたいに笑い合えて、抱き締められるまま厚い胸に甘える。そこには不快な移り香はなくて、清潔な石鹸のにおいがした。
しばらく抱き合った後、「オレも嫉妬した」って旦那様に言われた。
「何だ、あの小僧? お前に遠慮なく抱き付いて」
何のことかと思ったら、あのひったくり犯の少年のことみたい。
「いくら恩人だからといっても、馴れ馴れしい。お前もオレ以外の男に、勝手に触れさせるな」
怒ったように言われて、頬が緩む。
「嫉妬?」
訊き返すと、「ああ」ってこつんと額を打ち合わされた。
嫉妬されるほど惚れられてるとは……って、オレの方が言いたい。ずっと不満なんてなかったけど、口に出して貰えると安心する。
「しかもお前、小僧に縋られて、満更じゃなかっただろう?」
ぎゅっと眉をしかめて叱られて、「そんな」って否定しつつも笑えてくるのが止まらない。
モヤモヤはキレイになくなって、胸がじーんと熱くなる。
好きだなぁと思った。
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