アダルトコンテンツが含まれます。
18歳以上ですか?
- 文字サイズ:
- 行間:
- 背景色:
-
第八章 祭りの後(12)
-
あの頃はそうして、嶋田一色に染まった生活だったので、あの一夜のことは、自分の中で、まるで夢の中の出来事のように思え、本当に現実のことだったのか、今も不確かだ。
それは、消灯時間がずいぶん過ぎたのに、どうしても寝つけなかったある夜のことで、俺はなんとなく思い立って、中等部の寮近くの藤棚の下に、ひとりで猫に会いに行ったのだった。
最近は、嶋田と、もっと早い明るい時間に猫の世話をしていたので、夜中に会いに行くのは数か月ぶりだった。
もともと、俺は睡眠時間がかなり短くても平気な性質で、寮則で決められた消灯時間から起床時間までずっとベッドで眠っていることなどできず、だから、中等部時代も夜中に寮を抜け出して、猫の相手をしていたくらいだ。
当時同室だった海音寺にも当然気づかれたが、自分の利害に全く関係がなかったためか、「よくやるな」とたまに鼻で笑われることはあったが、他に口外されることもなく好きにさせてくれていた。ただ、そのころの海音寺は、これっぽっちも猫たちに関心を示そうとはしなかった。
だから、12月の凍てつくような寒空のもと、あんな夜更けに、いつもの藤棚に俺が着いたとき、どうしてそこに海音寺がいるのか、不思議を通り越して現実感が湧かなかった。
海音寺は、ベンチのひとつに腰を下ろし、暖を取るためか自分に身を寄せる猫を見下ろし、片手でその背を撫でている。
俺が、その姿を見止めて、とっさに、踵を返そうか判断しかねているうちに、海音寺もこちらに気づいてしまった。
その相手の様子が、あまりにバツが悪そうだったので、そのまま声もかけずに帰ってしまうのは次に顔を合わせたとき、余計に気まずいと思い、しかたなく、
「何してるの?」
と話しかけた。
海音寺は、何と答えるか、少しの間逡巡していたが、
「猫を見に来た」
とぽつりと言った。
猫たちは、もともと野良なので、初対面の相手には近寄ってこないし、簡単には身体に触らせない。
だから、「よく来るんだ?」と訊くと、「そうだな。最近は」との答えがあった。
「昔は、興味なさそうだったのに」
俺がそう言うと、海音寺は、また答えを思案しているようだったが、言い訳の取り繕いようがないと悟ったのか、
「まどかが可愛がってたから、どんな猫なのか気になった」
と、きっと偽りのない本音を口にした。
現在の設定
文字サイズ
行間
背景色
×
127 / 246