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九
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綺麗な男の名前を聞き忘れてしまった。
またあそこに行ってもいいだろうか。一人で行けばまた叱られて桜沢が呼ばれるだけだろう。
それは賢明ではない。小菅を連れて行く気は毛頭ないからもう逢うことはないかもしれないな。
『間違った場所に生まれたのです。』
その言葉は静かに胸に降ってきた。奥底に沈み込み、ふとした瞬間に浮き上がってくる。
母親も俺も、生まれるべきところじゃない場所で過ごす羽目になったのだ。
運命を切り開くのは自分だと言ったのは誰だったか?
運命は変えられると言ったのは誰だったか?
俺にとっての正しい場所はどこにあるのだろうか、そしてそこに連れて行ってくれるのは誰なのか。
わからない。
俺を導く人間に心当たりはなかった。
ふと浮かぶ顔。
黒い男・・・月の男。あれは誰だったのだろう。呟いた音は発音からして日本語ではない。
東洋のどこかの男だ。
滑らかな肌だった・・・。見つめる黒い瞳は潤いをたたえ濡れたように光っていた。
もし涙がそこに浮かんだとしたら、トロリと眼球の球面をすべりおち、撥水加工の布を滑る水球のように肌の上で揺れるだろう。
もし次にあの瞳に見詰められたら、簡単に白旗をあげてしまう自分が容易に想像できる。
あんな男は、今まで俺の周りにいなかった。
いつものように庭でひとしきり土と格闘し、草に戦いを挑んでいると小菅がやってきた。
桜沢は小菅を咎めただろうか。
わからないが、どちらにしても次から一人でうろつくことはしないでおこう。
小菅はどうでもいいが、桜沢に申し訳ない。
「若、少しよろしいでしょうか。ご相談があります。」
「相談?そういうことは桜沢かオヤジに言ってくれよ。俺は役にたてそうにない。」
「いえ、若でなければいけません。しばしお時間を。」
いつになく食い下がる小菅を訝しく思いながら立ち上がった。ゴム手を外して土を落す。
今日の成果を見おろし、まあまあだと採点した。
草のない黒土に植物の緑が綺麗に映えている。
草木は俺を裏切らないし期待もしない。
だからきっとこいつらが好きなのだろう。
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