アダルトコンテンツが含まれます。
18歳以上ですか?
- 文字サイズ:
- 行間:
- 背景色:
-
三十
-
「コソコソ嗅ぎまわっていたわけじゃない。芳樹をマークしていれば簡単にいきついたってだけの事だ。
コソコソしているのは芳樹の方だろう?
小菅があそこまで簡単にカモられるとはな・・・欲が深いと読みが浅くなるのかと勉強になった。」
オヤジはそう言ってニヤリと笑う。実に楽しそうに可笑しそうに。
俺を見張っていたということらしいが、全然気が付かなかった。ホテルに籠っていた俺の行動からある程度事情を察しているとみていい。バレているなら説明だって簡単だ。
「初めまして皓月と申します。今回の来日の目的は香霧という男の目論見を阻止すること。
途中偶然にヨシキを見つけました。彼を貰い受けて香港に連れて帰ります。その報告に伺いました。」
「うまいもんだな、日本語が。日本人の若造よりよっぽど聞きやすい言葉使いだ。
今なんと言った?貰い受ける?」
「ええ、そう言いました。互いに互いが半身、合せて一人。月と兎ですから離れるわけにはいきません。」
「芳樹は男だが?」
「私も男ですが?」
口を挟むのは止めた。このレベルでやり合うには俺はあまりに小物すぎてついていかれない。
「ちょいと興味が沸いて男妾にするというなら諦めな。」
「妾?ばからしい。他の人間はいらないのですよ。ヨシキですべてが事足りる。」
俺の為に人類すべてを殺そうと画策するような男に「妾」はないだろう。
でもそんな恥ずかしい事を自分の父親に披露するべきではない。ついでに言うと俺が悪さをしたらダルマにされるってことを付け加えたほうがいいだろうか。
さすが中国、西太后のDNAは脈々とつながっている・・・恐ろしいな。
皓月が言うとシャレにならないことが多い。
「質問があります。」
まったくオヤジの思考無視な物言いだ。
小さい頃から帝王学をたたきこまれた人間は怖がり怯えることを知らないのだろうか。
「ヨシキはまったくもってヤクザの才能がない。土とともに生きる姿がぴったりです。何故引っ張り込んだのですか。桜沢も斉宮もいるから人員は充分でしょう。」
オヤジは相変わらず面白そうな顔をしながら腕を組んでいた。
それをほどくと田倉が置いて行ったレモン水に手をのばす。
「さっぱりして旨い。ひっぱりこんだ・・・か。
それは芳樹のせいだろうよ、なんせやりたいことがなかったのだから。
文哉はヤクザを毛嫌いしているから権田とは距離を保っている。アレの人生は母親と権田、まあ俺だな・・・そのせいで捻じ曲がったといっていい。ヤクザになるつもりはないとハッキリ俺に言ったし他にやりたいことがあって、そっちのほうが何倍も楽しいらしい。
桜沢がここにきたのは14の頃だ。どういう男になるか未知数だったし子供だった。
芳樹は18で母親を亡くし、目標も目的も希望も何もない若造だった。俺にしてやれることは何か。
簡単だ、一つしかない。家業しかないだろう?それがたまたまヤクザだったということだ。
芳樹が何かやりたいことがあるというなら何でもさせるつもりでいたが、残念ながら何もない。
だからだよ。俺はこの家業以外に与えてやれるものがなかったというだけだ。」
「家業ですか。」
「ああ、そうだよ。言葉を返すが、もしアンタに子供がいたとする。その息子はやりたいことがない。
何を教えてやれる?何を与えることができる?マフィアの世界以外を見せてやることができるか?」
「・・・確かに。」
つまるところ、すべては無気力だった俺のせいということになる。
確かにやりたいことなど何もなかった。草木が好きだといっても、せいぜい庭をいじくる趣味程度で庭師をやりたいとか花屋になりたい、そんな気持ちは持っていなかった。
そのくせ組長の息子というありがたくない境遇のおかげでポジションだけ与えられたというわけだ。
いっそうのこと田倉の下で屋敷を切り盛りする術を教わったほうがマシだったかもしれない。
「芳樹はこの男と一緒にいたい、そういうことか?」
いくらバレているとはいえ、こんなおっかない顔をしているオヤジに嘘は禁物だ。
正直にまずは言う事、その先はオヤジの判断だ。
「俺はずっと間違った場所に生まれたと感じて生きてきた。でも皓月が正しい場所に連れて行くと言ったし、それを信じられる。だから一緒にいるべきだし、自分が息のできる所でこれからを過ごしたい。
それが日本じゃないとしても、皓月がいれば大丈夫だって何故か思えるんだよ。
だから・・・香港に行く。」
オヤジは目を閉じたままじっと聞いていた。
俺が口をとじてから5秒くらいの間が重くのしかかる。
「行きたいのなら行けばいい。」
「ふっ・・・随分簡単に言うのだな。自分の息子が男に連れて行かれると言うのに。」
オヤジは眼光鋭く皓月を睨みつけた。そこにいるのは父親ではない、権田の組長としての男だ。
誰もが黙り込む鋭い視線を受け止めた皓月はピクリともしなかった。
「生意気な口をきくじゃないか。俺が駄目をだしたら、お前は俺を殺すだろう?俺が本気で阻止しようと立ちふさがったら権田を潰すだけだ。アンタはそういう男だよ、皓月。
なにぶん、わたくし事で組を潰すわけにはいかない。俺もまだ組の行く末のレールを完全に敷き終わったわけじゃねえんだ。今は死に時じゃないからな、息子を一人くれてやって組が安泰なら迷わずそうする。
若頭としての息子の職、それを馘首することはできても、親として息子との縁は切れない。
俺は組を守る必要があり、息子が初めてやりたいと言ったことはやらしてやりたい、それだけだ。
今、皓月とヘタを打って権田を尻切れにするわけにはいかないんだよ。
まだまだここはデカくなる、桜沢と文哉によってな。俺だってワクワクしてんだよ。
それを止めることは許さねえ、わかるか?」
皓月が横で、一息小さく吐き出す。
こんな男でも息をつめることがあるのか・・・そしてオヤジにその力があるということか。
なんだか可笑しくなってきた。血のつながりがあるというのに、何もかもが自分と違いすぎる。
こんな男達に囲まれているというのに恐怖心はまったくなく、平然と座っている自分の不自然さ。
ここで泣いたり喚いたり、汗をかいたり震えたり・・・そんな反応をすれば随分人間らしいというのに、そんな事にはならないのだ。
肝が据わっている?違うな・・・麻痺しているのかもしれない。無気力に、無感動に生きてきたツケだろう。
いいさ、この先異国の地で誰に何をされようと、自分はそれを受けて助けをまてばいいだけだ。
皓月がきっと俺を助けだして癒すだろう。
だから俺は自分の身体と心を使って、皓月を癒し信じ、そして愛していく。
実に単純、かつ明快。
「オヤジも皓月も・・・殺し合いはナシ、もちろん潰し合いもナシ。俺の好きにすればいいと言ってくれて有難う。今まで息子らしいことは何もできなかったし、これからはもっと無理っぽい。でも生まれてよかったと思えるようになったから・・・オヤジには感謝している。今までの迷惑を謝るよ、申し訳ない。
皓月も俺のオヤジなんだから喧嘩腰とか意味がないと思うよ。
どっちも裏社会の人間同士、これから仲良くすればいいじゃないか。」
「ヨシキ、なにを言い出す。私は喧嘩を売ったつもりはない。」
「どうだか・・・。」
皓月の手がのびてきて俺の手の甲にそっと乗せられた。
「珍しく緊張したせいかもしれない。」
「ふ~~ん。」
突然オヤジが大笑いをはじめた。それが合図だったかのように田倉がドアをあけ、盆に酒をのせて部屋に入ってきた。
これにはさすがの皓月も驚いたらしく、田倉をマジマジと見ている。
田倉はその視線をさらりと受け止め、テーブルの上に次々と酒器や皿をのせはじめた。
「田倉、お前ドアの外に立っていたのか?」
「若、何をいいだすのですか。そんなことをしていたらご用意する時間がなくなります。そろそろ頃合いかと思えば、丁度良かった、それだけの事ですよ。」
オヤジはようやく大笑いをやめて、ソファの背もたれに深く身体を預けて俺を見る。ニヤニヤした顔は目をキラキラさせて、新しいおもちゃをもらって喜ぶ子供のようだ。
「時期大龍にむかってそんな口をきいてぶっ殺されないばかりか、逆に気遣いを貰うなんざ笑う以外に何ができる?確かにここにいたら価値のない若頭かもしれんが、皓月の隣にいれば立派に輝くってことだ。それが正しい場所だって言うなら、そのとおりなんだろう。
まだ香霧やジャッキーのことで知りたいことがあるから、飲みながら聞かせてくれ。」
「ジャッキー、それは何者ですか?」
「皓月、榊の組である龍成会は知っているな?
龍成会の「会」をとっぱらって漢字をひっくりかえしたら誰になる?」
「成龍・・・センロンのことですか。」
「そうだよ、皆のダイコー(大哥)ジャッキー・チェンだ。」
皓月の顔がふっと緩んだ。
「オヤジさんは心を許した人間の前でだけ、榊の組をジャッキー呼ばわりするのですよ、皓月さん。」
田倉は何てこともない、そんな口ぶりで静かに言った。
何事も無駄がない・・・オヤジは皓月を認め、息子を宜しくと言っているぞと伝えたようなものだ。
皓月は膝に手を置き、深々と頭を下げた。
「ありがたく頂戴します。」
それって酒のこと?俺のこと?
さすがにそれを言うのはマズイと気が付き、緩んだ口を必死に引き結んだ。
現在の設定
文字サイズ
行間
背景色
×
31 / 75