アダルトコンテンツが含まれます。
18歳以上ですか?
- 文字サイズ:
- 行間:
- 背景色:
-
四十六
-
3日目の朝・・・。
特にすることがない俺は、毎朝グズグズとベッドの中に居座り起きだすのは9:00を回った時間。
当然皓月はもう家を出ている。
ここ二日はまったく顔を見ていない。相当怒らせてしまった・・・でもしょうがないじゃないか。
最期に見た桜沢の歪んだ顔が脳裏に映りこむと体が動かかなくなり、桜沢が死んでしまったら、そう考えると何も手につかない。
そんな心持で皓月と寝られるわけがないし、相手に失礼だ。
ベッドから抜け出し、机の上にある辞書をパラパラめくった。斉宮がくれたもので、まるで聞きなれない言葉の数々がびっしり収まった分厚い本。
「対訳のアプリやソフトもありますが、一過性ですし頭にはいりませんよ。それに機械が導き出した言葉より拙い単語の羅列のほうが相手に伝わりますからね。」
頭のデキも違うのか、英語も広東語も使える斉宮にそう言われれば突っぱねることはできなかった。
耳に馴れない言葉をたぐっても、なかなか自分の中に沁みこんでいかない。
閃に一日ひとつ言葉を教えてもらうことにした。
発せられた言葉の意味がわからなければ理解することは不可能だ。聞くだけで英語が話せるようになるという教材があったが、それは英語を少なくとも勉強したベースがあるから成立しているのだろう。
この耳慣れない発音の数々を聞くだけで理解できるとは思えなかった。
そんなことをグズグズ考えていたら窓の外に車の停まる音がしたあとに、ドアが開く音が続く。
1台目のトラックだ。
窓の外を見下ろすと、いつものベージュ色のトラックから男が二人降り立った。荷台からダンボールをいくつか降ろし台車に載せている。
これは食料品の配達だ。10時を少し回った頃に来る2台目は日用品や入用になった物が積まれてくる。「ホシイノ、タベルノ、イウ、ツギ、トドク。」閃の日本語は単語のみだが、言わんとすることはわかるので、せめて自分もそのくらいは出来るようになりたい。
皓月に頼んでみようか・・・言葉を教えてくれる先生をよこしてくれと。まさかトラックの荷台に積まれて運ばれてくることはないだろうが。
馬鹿らしい考えにクスっと笑みが漏れる。
日課の電話をしようと携帯に手を伸ばした。いつも1台目のトラックがくる時間に電話をするのだ。
綺麗な男、サワが相手だ。しょっちゅう電話をかけてくる俺に嫌気をさした斉宮は、桜沢についている碧仁に電話しろと言い番号を伝えたあと電話を切った。
『私はあなたほど暇でたっぷり時間があるわけではないのです。』
いちいち言葉に棘がある。
皓月は約束どおり、安全な回線だという携帯を翌日に渡してくれた。渡してくれたのは閃なので、どんな顔をして携帯を閃に用意させたのかと思う。「忌々しい。」確かにそう言った皓月は俺を疎ましいと思っただろうか・・・そう思われても仕方がないが少し悲しい。
正しい場所に身体を置いただけのことで、まだ俺自身は居心地の悪いままだ。同じ屋根の下にいるというのに・・・それを要求したのは自分なのだが本当は抱きしめて欲しかった。一緒に朝を迎えたいと心から願っている。
皓月が恋しい・・・・。
♪♪♪
適当に選んで設定した着信音が鳴り、携帯が机の上でブルブルと振動を始めた。
【サワ】
画面に映る名前は桜沢の幼馴染の綺麗な男。
・・・まさか・・・まさか、桜沢に何か起こったのか?
力任せに飛びついてしまいたい衝動と同じくらい、聞きたくないという気持ちが混ざりこみ、実際は鳴り続ける携帯をじっと見つめているだけだ。
あまりに長い着信音を不審に思ったのか、ためらいがちにドアがノックされた。
「電話なんだ・・・日本から。」
静かにドアが開き閃が顔をだす。机の上で鳴り続ける電話にそのまま走り寄り、指を画面にすべらせた。出てしまった・・・じゃないか、閃。
「スコシ、マツ。」
電話に一言だけ返し、俺の手をとると電話を握らせた。
「モーマンタイ。」
またそれを言うのか・・・。
おずおずと電話を耳元に持っていき、強く目を瞑ったまま電話に向かって話す。
「もしもし・・・。」
『出ないからどうしたかと思いましたよ。裕が目を覚ましました。』
ドクンと心臓の鼓動が唸り、全身に血液がまわりはじめたような感覚になる。
目を覚ました・・・目を・・・。
『若ですか?御心配をおかけしました。無事にそちらに着いて何よりです。』
「・・・・馬鹿じゃないのか!俺の心配より自分だろうが!・・・・よかった・・・桜沢・・・よかった・・・。」
『頑丈にできていますからね。』
「よかった・・・。」
急に足の力が抜けてヘナヘナと床に座り込んでしまった。閃にそっと腕を引かれてイスに座らせられる。俺の表情を見て理解したのだろう。「オミズ、オカユ、ツレテクル。」そう言い残して出て行った。
『とりあえず目が覚めたので問題ないと五十川先生が言っていますから安心してください。まもなく組長さんが来る予定です。ようやくわたしも日常生活に戻れますよ。芳樹さん、そちらで不自由が多いでしょうが心置きなく自分の場所を探してください。』
切れた電話を眺めながらグルグル頭の中にめぐる言葉を追いかける。
「心置きなく自分の場所を探してください。」
・・・簡単なことだよ、皓月と共に眠り、同じ朝を迎える。それが正しい場所。
盆を持って戻ってきた閃に開口一番言った。
「今晩は皓月の部屋で寝る。」
閃はニッコリと微笑んだ。俺よりはるかに聞き取り能力があるようだ。
「カシコマッタ。」
おもわずブッと噴きだしてしまった。敬語は日本人だって使いこなせてない人間が大勢いるとはいえ、「カシコマッタ」は笑えるじゃないか。
「少し違うよ。『かしこまりました。』って言うの。」
「カシコマ・・・リマ・・シタ?」
「かしこまりました。」
カシコマリマシタ、カシコマリマシタを連呼する閃を見て、本格的に俺は大笑いを始めた。
つられたように閃も笑い出す。
目じりに流れる涙は笑いがもたらしたもの・・・そして安堵の証だった。
現在の設定
文字サイズ
行間
背景色
×
47 / 75