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六十四
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手術室からでてきた医者の顔は疲労を浮かべ青白い。まさか・・・という思いが全身を貫いて足が止まる。
「うまくいきました。ご説明しますので、こちらに。」
手術室からストレッチャーに載せられたヨシキがでてきた。酸素マスクに覆われ目が閉じられている。覗いている肌はいつも以上に白く、血の気がない。
ストレッチャーとともに動いた私に白牙の囁きが届く。
「月光様、先に済ませてしまいましょう。」
睨みつける私の視線を白牙は冷静に受け止め、引く気配がない。
「ヨシキ様に必要な環境を整えるのに必要です。医者の話しを先に。」
今日の私は人に意見されてばかりではないか。ヨシキには仕事に行けと言われ、白牙は医者の話を聞けと言う。そしてそれが正しい事であるため、我を通してもいい事がないのはわかっている。
わかっているが・・・ヨシキに関してはすべてが最優先なのだ。
落ち着くために深く一息吐きだし、医者の後について面談室に入った。
「まず状態の説明と手術の報告をいたします。」
二枚のレントゲン写真がテーブルの上に置かれた。
「こちらが処置前の状態です。脛骨と腓骨の二本ともが複数個所で折れてしまっています。これらをすべてボルトとプレートで繋ぎました。幸いだったのは足首と膝に被害がなかったことですね。もしこれが関節にまでいっていたら大事でした。
これからも何度か手術が必要になることを覚えておいてください。
皮膚を突きやぶって骨が外気に触れていたら感染症の恐れもあるし、以後骨がうまくくっつかないことがありますが、それもなかった。
ただし銃創ですから熱が出る可能性がありますし、感染症予防の面から抗生物質の点滴を行います。痛みには個人差がありますが、痛むことは間違いありませんのでエピを使用します。これは手術中にとおした管から麻酔を流し込むものです。状況により取り外す時期をきめます。
状態がおちつくまではベッドの上から動けないでしょう。」
2枚目のレントゲンにはボルトで固定され、折れてひどい状態だった骨が手術により成形されていた。普通の生活に戻れるまでどのくらいかかるのだろうか。
「尿管カテーテルをとりはずせば車いすで移動が可能になります。その後1ケ月程度で松葉杖ですが、負傷した足に体重をかけられるようになるにはかなり時間がかかります。
足を固定している創外固定をとる手術をするまで、4ケ月はみておいてください。」
「どの程度の入院が必要なのだ?」
「状態が落ち着いて、尿管を必要としなくなったら可能ですが・・・対応できる人員がいない場合は無理ですよ。普通に家で暮らすのは難しい。」
「それはまた相談させていただきます。」
面談室をでて特別室に向かう。
病室にはベッドが一つ、そこに横たわるヨシキの顔はいつにも増して真っ白い。
「くそっ!」
「月光様・・・ヨシキ様より伝言です。」
ヨシキの傍に控えていた閃が差し出したのはICレコーダー。
「最後になるかもしれないからと・・・。」
くそっ!
閃に罪はないというのに、私はひったくるようにレコーダーを受け取った。
「・・・すまない。お前に非はないというのに。」
「・・・いえ、お気持ち・・・わかります。」
白牙と閃はそのまま病室を出ていった。
頬に触れると体温を感じてどっと安堵が押し寄せる。呼吸をたしかめ胸に手をやると規則正しい鼓動が伝わってくる。
崩れ落ちるようにベッドの脇にしゃがみ込むと普段考えもしないこの世の神全てに感謝した。
生きている・・・生きて・・いてくれた。
握ったレコーダーをまじまじと見つめた後、スイッチを押す。
『コウ・・・。お疲れ。
手術は終わったかな?俺の足はくっついているかな、それとも、もげてしまっているだろうか。
どっちにしても迷惑をかけることになっちゃいそうだ、不自由になるから人の手を借りなくちゃいけない。
階段も登れないな・・・部屋にいけないじゃないか、どうしようか。
すべてを終わらせたか?
ゴメンな、俺また約束を破っちゃったよ。
血まみれで帰ってきたコウを抱き締めて、風呂で体を洗ってやるって言ったのに。
それをしてやれない・・・ゴメン。
元気になったら・・・一緒にお風呂に入ろうな。
元気に・・・なるま・・で、待ってて・・・くれる・・か?
コウ・・・好き・・・。』
涙声で告げられた好きという言葉とともに静寂が訪れる。
約束など・・・そんなことはいい!自分に誓ったはずだろう?私はヨシキを守ると強く思ったはずだ!
だが実際は反対ではないか・・・私が守られている。
天空に輝く月のくせに!
『しょせん月は太陽から光をもらって輝いたふりをする醜い星でしかない。』
どこからともなく聞こえてくる声・・・これは私の深層に眠る怯えの言葉か?
それともあの世から緑湖が囁いているのか?
「くそっ!何を弱気になっているのだ!ふざけるな!」
ベッド脇のイスを蹴り上げると派手な音ともにイスが転がり、壁にぶつかった。
「はぁはぁ・・・はぁはぁ・・・。」
肩で大きく息をしながら身体を巡る憤怒を押さえつけようと意識を集中する。
この程度で狼狽えている小物で、この先渡っていかれると?
『イロの足一本ぐらいで狼狽えるな。こんなものくれてやる。』
『わかったか?力を・・・みせつけろ!その機会を逃すな。』
『皓月の名を轟かせろ。俺が惚れたのはそういう男だ。』
ああ・・・そうだったなヨシキ。
お前が身を挺して守った男が情けないとなれば撃たれ損だ。
「白牙、閃!」
病室のドアが静かに開き、二人が入ってきた。閃は壁際に転がり壁紙に傷をつけたイスを手に取ると元の場所に戻す。
「24時間体制で、ここに警備をつけろ。蟻一匹たりとも余計なものをこの部屋に入れるな。
至急住まいの手配を。1週間以上ここに置いておくつもりはないからそのつもりで。
必要なものを揃えろ、アドバイスが必要なら医者に聞けばいい。
緑の館にはもう一巡塀をめぐらせる。門扉には警備小屋をさらに設置すること。私の私物はそのまま置いておいて結構だ、必要なものは新たに揃える。
閃はヨシキが必要とするものはわかるだろうから、それだけは運び出してくれ。
それと、ヨシキの傍で面倒を頼む、何事も人の手が必要になるが素性のしれない看護師に世話をさせる気はない。
白牙、オフィスに戻る。雑多な後始末、そしてこれからの策、今回刃向い塵となった男の命は無駄にするまい。冷酷非道な新たな大龍の恐ろしさを示す材料としよう。
ここでグズグズとこのまま傍にいれば、目を覚ましたヨシキに叱られる。
なにをやっているのだ、仕事に行けとな・・・。」
「月光…様。」
着ている上着を脱ぎ、眠るヨシキの身体を覆う。私の香りが届くといいが・・・。
いってきます・・・次はちゃんと「いってらっしゃい」と言ってくれ。
深々と頭を下げる閃を残し、白牙とともに病室を出た。
身体の芯からあふれだす怒りとともに冷徹に磨きをかけ廊下を歩く。
すれ違う者達は道をあけ、誰もが視線をはずし怯えたように足を止める。
覚えておくがいい・・・私が大龍だ。
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