アダルトコンテンツが含まれます。
18歳以上ですか?
- 文字サイズ:
- 行間:
- 背景色:
-
七十三
-
黒いゆったりとしたリネンのシャツとパンツのコウの髪は洗ってタオルドライしただけだから、額に髪がおりている。ときたま無造作にかきあげる仕草が色っぽい。
昨晩から繰り返したSEXの余韻か俺の頭は相当色ボケしている。
「何をまじまじと見ているのだ。」
「んん。俺コウがそういう髪をしている時が一番好き。」
僅かに頬が赤くなる。逢ったばかりの頃は上手に笑うこともできなかったのに、今は人並みの表情を浮かべられるようになった。とはいえ、僅かの動きや紅潮だから身近な人間にしかわからない変化に留まっている。
「それを言うなら、浴衣は私の前でだけ着ればいい。他人が見るのは実に腹立たしい。」
「なにそれ。」
ソファに座る俺の隣に腰をおろすと俺の髪に優しく指を入れた。
「だいぶ伸びたな。」
「そうだね、もう少ししたら束ねられる。着物や浴衣ならそっちのほうがいいだろうし。それに髪を切りにいく手間もはぶける。」
コウは何かを考えるように視線をはずした。
「約束にもうひとつ加えよう。」
「約束だらけになりそうだ。それで?どんな約束?」
「ヨシキの髪を毎朝結うのを私の仕事にする。何からなにまで閃にやらせるのは面白くない。
なんだ、恥ずかしいのか?顔が赤いぞ?」
この甘ったるい雰囲気の中でそんなことを言われて照れないでいられるほど冷血人間じゃないんだよ、俺は。コウに毎朝髪を梳かしてもらう・・・悪くない。
コウは太腿に手を置いた。右足は新しい脚だから立つ時は難儀するけど座っている分には問題はない。その足をさすりながら呟いた。
「よくなりますように。」
正直俺は驚いた。コウのような男でも神頼みをするのかとマジマジと顔を見てしまう。
コウが信じる神様はどの神だろう。世界各国に沢山の神様がいる。
「なにを驚いているのだ。」
「コウでもお祈りとかするのかってびっくりした。」
「そうだな。私も神など気にしたことは無かった。2つの出来事で神と呼ばれる存在はいるのかもしれないと考えるようになった。」
「2つか・・・。」
「一つ目、それは10年以上前占い師が言ったのだ。兎に出逢う、それを手放すな。月の中に兎をとりこめば、夜空に光り輝き多くの人間が上を見上げることだろう、とな。
どこにいる兎なのかは言わなかったが、ちゃんと見つかった。日本で。」
「・・・それ、俺のことだよな。」
「ああ、そのとおり。
最初の手術が終わって、ヨシキの呼吸と鼓動を確かめた時。膝から力が抜けてしゃがみこみながら、神に感謝した。」
「・・・それも俺のことだよな。」
「そうなるな。
私はヨシキに出逢ってから沢山のことを知り、学んだ。弱い自分を認めてこそ強くなれること。非力さを認めて周囲に助けを求めること。守るものができて弱みを持つ、しかし守り通すと誓うことで強さを得る。独占欲と嫉妬。歓びと悲しみ。泣くこと、そして笑う事。信じること、愛すこと。生きることの意味。
私は幼いころから多くのことを教わり叩き込まれたが、今言ったことは誰も教えてくれなかった。」
「そんな・・・恥ずかしいじゃないか。」
「だが、事実だ。」
ふわっとコウの香りがただよい、頬に唇が寄せられる。穏やかで優しいキスは唇以外の場所にされても体の奥が熱くなる。たったひとつのキス、それも頬だというのに。
「正しい場所、そしてそこに誘う相手。俺はちゃんと得ることができたよ。息をして生きている。コウといることで生きていたいと思えるようになった。ありがとう。」
足を撫でていた左手は俺の右手とつながった。5本の指をしっかり絡めて握り合う。
「草木を植える日々に戻りたいか?緑の館に帰りたいか?」
「正直いうと、緑はあるにこしたことはないけれど、ここには綺麗な夜景がある。俺は自分の身を守ることができないだろ?走る事だってまだ無理だ。だからコウやシロさん、閃達が動きやすい所にいるよ。
それが緑の館だというなら、そこに行く。このままが都合よければここに居る。
住む場所は優先順位のトップじゃない。」
「優先順位?」
握った手をもちあげ唇を寄せた。自分の指と重なるコウの指、唇は両方を捉える。
「コウと居ることが最優先項目。それはどこでもいいんだ。真理は意外と単純だ。」
コウは子供のような無邪気な笑顔を浮かべて俺の膝の上に寝転んだ。
こんなやせっぽっちの太ももじゃ寝心地は最悪だろうに。
「もうひとつ、覚えたことがある。一生縁がないと思っていた。」
「なに?」
「自分を委ねること・・・思い切り甘えること。」
コウの思い切りは随分控えめだ。サラサラした感触を楽しみながらゆっくり髪を指ですく。
凍月と呼ばれ怖れられている男・・・だが俺にとっては唯一無二の愛しい存在。
いいじゃないか、コウの姿を知っているのは俺だけでいい。
「甘えればいい。前に進むために血まみれになろうと、屍を踏み越えてこようが、俺の元に帰ってくればいい。俺はコウを洗い清めて抱きしめ、一日の終わりを共に過ごし翌朝目覚める。
心と身体でコウを癒して温める。
どんなに冷たく凍てついた月に成り変わろうとも、その姿はコウの本質でないことを知っているから。」
『トウゥ』
ああ、そうだよコウ。
俺はお月様の中の兎だ。
月に囚われた兎として輝いてやるさ。人々が見上げるように、そして皆がお前を称えるように。
白く美しい姿でお前に寄り添って生きていく。
それが俺にとっての「正しい場所」
ようやく見つけた・・・俺の居場所。
「今晩も一緒に眠り、そして朝を迎えよう。ヨシキの隣で目覚めるのは気持ちがいい。」
ああ、もちろんだ。
「ヨシキ・・・二人で「今日」と「明日」を積み重ねよう。」
かがみこんで、頬にキスをする。握り合う手は二人の寄り添う姿の証
生きている・・・証
そして・・・未来
互いが互いの「最後の男」
END
現在の設定
文字サイズ
行間
背景色
×
74 / 75