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理想と現実
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自分の心臓が喉から出てきそうなくらい激しく脈を打ち、行き場を失った視線は僕の服の上で溶けてしまったアイスを捉えた。
晴は黙ったままティッシュを手に取り僕の服のそれを擦りだす。
「あっ、自分でやる、から…っ」
そう言ったものの晴は、いいから、とたしなめるように言って続けた。
「きょーすけは最初、何考えてんのか分かんなかったんだよな」
「…え?」
唐突な言葉にふと顔を上げたものの目の合わない晴はそのまま続けた。
「いっつも人の良さそうな笑顔貼り付けてて、女ばっかり無駄に集まってたし。だから席が前後になった時聞いたんだ」
「楽しいか?って…」
「そう、覚えてた?」
晴はなんとなく語尾に笑みを含ませた。
「それにお前笑っててもなんか、寂しそうだったから」
少し笑っていた晴の顔が真剣な表情になり僕をまっすぐ見つめた後、握りっぱなしだったスプーンとアイスのカップを僕から取り上げてテーブルに置いた。
なんだかされるがままだ。
ドキドキと鳴る心臓のせいでどこか熱に浮かされたような、そんな感覚になる。
「それになんか、」
何か言おうとして晴は口を噤んだ。
言葉の先を待っていたものの、おそらく言いかけた事とは別のことを話し出す。
「…でもいつからだっけ。なんとなく疎遠になってさ、このまま卒業って思ったら」
晴との距離がまた一層近くなる。
晴の言葉に一切の迷いはなかった。
「嫌だったから、会いに来た」
そう言ってまた晴は僕に口付けを落とした。
なにが何だか分からなかったけど、確かにこの時の僕は幸せを噛み締めていた。
「お前のいろんな表情見たいって初めて会った時から思ってたんだ、俺」
晴の目に映る俺は一体どんな顔をしているんだろう。一体どんなふうに映っている?
もしかして、いやもしかしなくても晴は僕と同じような気持ちを抱いてくれてるんじゃないかって。そんな淡い期待に胸を躍らせた。
でも、それが甘かった。
本当につらくて、本当にしんどいのはここから始まった、と言っても過言ではない。僕の卒業までの時間なんてただの序章に過ぎなかった。
初めてキスをしたその日から数日後のことだった。
「きょーすけ」
突然家にやって来たかと思えば玄関先ですぐに抱き締められた。驚きを隠せないでいたものの高鳴る僕の心臓は明らかに喜んでいた。
「どっ…どうした、っんん 」
強引に奪われた唇。初めてキスをした時は触れるだけだった口付けが今日は違う。貪るように啄ばまれ呼吸もままならない。開いた唇を割って、更に深く口付けられた。
「んっ、ふ、ちょっ、ぅ…っ」
一旦離れたかと思えばそのままなし崩しに押し倒された。マットひいててよかった…なんて頭を過ぎった刹那、覆い被さった晴は唇を重ねた。
暫く唇を重ねた後気が済んだのか晴は僕から離れていった。僕も慌てて体を起こし、口元を拭う。どんな顔をしていいのかしばらく動けないでいたものの何事も無かったかのように晴はソファーへと腰を下ろした。
なんだか思考がついていかない。が、手持ち無沙汰なのが嫌で、とりあえず飲み物を準備しようと逃げるように台所へ行った。
必死で平静を装い2人分のコップをテーブルに置いてみる。悩んだ末ソファーには座らず床に腰を下ろした。
「こっち来てよ」
晴の低いような、眠いようなそんな声で言われればなんだか従うしかなくて遠慮がちに隣へと腰を下ろした。
ふう、と息を吐いてくったりと晴が僕の肩に体を預けた。心臓の高鳴りは輪を掛けて速まり、晴に聞こえていやしないかと落ち着かないのを堪えるのに必死だ。
「きょーすけ」
名前を呼ばれ、顔を向けると視線が交わる。
照れ臭くてでも嬉しくて、晴は今まで見た事の無い位目尻が垂れ、それが眠いのかそれとも他に何か意味するのか僕には分からなかった。
もたれ掛かっていた晴が体を起こせばまた顔を近付けた。キスされる、と思ってぎゅっと目を瞑ったものの何も起こらず、ゆっくりと目を開けた。
ふっと少し笑った晴は唇ではなく僕の首筋に顔を埋め、キスを落とす。押されるままにバランスを崩した僕の体はソファーに沈み、首元を這う晴の唇に自然と全神経を集中させていた。
「ぅ… 晴、くすぐったいってば、」
晴の匂いと胸の高鳴りと満たされる心。
僕が晴を拒む理由なんてどこにも無くて、本当になんとなく、なんとなくで僕らは一線を超えた。
晴と初めてシた時のことは正直あまり覚えてない。思い出したくないのかもしれない。
自分があまりに初心だったから。
初めての行為が終わった後晴は言った。
「やっぱきょーすけ落ち着く。ほんとに1番落ち着く」
「…でも、晴ってこういうの、いける人だったんだね」
こういうの?と首を傾げる晴に
「だって僕、…男だし」
「あー、でもきょーすけだけだよ。きょーすけだから、いける」
そんな晴の言葉の1つ1つが僕を勘違いさせるのには十分過ぎたから。
「だし、気遣わなくていいしさ」
高鳴る心臓はされるかもしれない愛の告白を今か今かと待っていた。自分でも馬鹿だったと思う。
『晴って僕のことどう思ってるの?』
期待を込めたそんな言葉がちょうど喉から出掛けた時、晴の言葉で一気に現実に戻された。
「俺らってそういうのじゃねえよな」
その後は頭が真っ白になって、断片的にしか覚えてない。
「俺好きとかあんまり分かんないし。」
とにかく彼女が面倒だったらしい。とにかく気が立っていたらしい。彼女の束縛が苦手らしい。女と違って男の僕は面倒臭いこと言わないからいいらしい。割り切った関係がちょうどいいらしい。
「きょーすけ可愛い顔するからつい構いたくなる。」
こうしてガラガラと何かが崩れる音が聞こえてきそうなくらい僕の淡い期待は打ち砕かれた。
「きょーすけ彼女は?」
「……別れたよ、卒業式の日に」
「あー環境も変わるし別れた感じか。それもありだよな。でもきょーすけなら大学行ってすぐできるだろ」
僕はどうしてこんなに馬鹿なんだろう。
「そうだね」
さっきまで高鳴っていた心臓が嘘のように僕の心は急速に冷えていった。
皆まで説明できるほど心に余裕は無い。ただ大切にしてきた晴への好意は決して報われるものではなかったのだ。ただそれだけ。
それから僕らの関係は今に至る。
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